健康診断(節目検診)

市から健康診断の案内が届いた。封筒を開けると、受診券や説明書が何枚も入っていて、どれを使えるのかすぐにはわからなかった。

今年は法人設立に伴って協会けんぽに加入し、国保の脱退手続きも済ませている。そのため、国保向けの特定健診が今の自分に関係あるのか、まずそこが引っかかった。

確認してみると、国保の特定健診は受診当日も国保に加入している人が対象らしい。すでに協会けんぽに切り替わっている以上、この受診券は使わない扱いでよさそうだった。

ただ、封筒の中には特定健診以外の受診券も入っていた。成人歯科、肝炎ウイルス、胃がんリスク、肺がん、大腸がんなど。全部まとめて捨てていいわけではなさそうだった。

結局、国保の特定健診関係は破棄してよいが、市の成人検診として使える可能性がある券は一旦残すことにした。特に成人歯科、肝炎ウイルス、胃がんリスクあたりは別枠で考える。

肺がん検診と大腸がん検診は、協会けんぽの健診と重複する可能性が高い。制度が重なると、何を優先すればいいのか一見してわからない。

協会けんぽの生活習慣病予防健診についても確認した。自分の場合は年齢的に節目健診の対象になるらしい。一般健診より少し手厚く、人間ドックよりは負担が軽い位置づけ。

市内で受けられる健診機関を調べ、候補の一つに電話した。予約時には、協会けんぽの健診を受けたいことと、節目健診の対象になるかを確認した。

最初は人間ドックのような形で案内された。内容はしっかりしていそうだったが、自己負担は思ったより高く、今回はそこまで手厚くなくてもいい気がした。

胃の検査はバリウムとのことだった。胃カメラではないとわかって少し安心。胃カメラは苦しいと聞くので、正直かなり怖い。

バリウムも楽な検査ではなさそうだが、口や鼻からカメラを入れるものとは違う。内容が見えないまま怖がっている状態よりはましだった。

その後、節目健診に変更した。人間ドックより負担は軽く、それでも年齢の節目としては一般健診より検査項目が増える。今の自分にはこのくらいがちょうどよさそうだった。

市の成人検診受診券は、その健診機関では使えないと言われた。使うなら別の指定医療機関で予約する必要がありそうだ。成人歯科はそもそも歯科医院で別予約になる。

こういう書類は、届いた瞬間から少し疲れる。受診券があっても、保険の種類によって使えなかったり、別の制度と重複していたりする。

それでも、今回は協会けんぽの節目健診に決められた。残す書類と捨てる書類を分け、不要なものは細かく破って処分するつもり。

健康診断を受けるのは約3年ぶりになる。個人事業主になってからは、会社員の頃のように勤務先が用意してくれるわけではなく、自分で調べて予約しなければならない。

健康診断はあまり気が進むものではない。かと言って何もしないでいるのも健康状態が気になるし、受ければ受けたで、悪い結果が出たときのことを考えてしまう。

それでも、私ももう今年度で40の大台に乗る。何よりもうすぐ子供が生まれるので、これまで以上に自分の健康を気にしたほうがいい。

できるだけ長く健康でいるためにも、今後は定期的に健康診断を受けていくつもり。

帰省 (2)

実家は、我が家よりも暑い気がした。実家も我が家と同じく南向きのリビングで、向かいに家も建っていないため、風通しはいいはず。

条件はそれほど変わらないと思うが、それでも実家のほうが暑く感じるのは、住宅性能の違いなのかもしれない。

その日の夜は暑くて寝苦しかったものの、昼間に炎天下の中を歩き回った疲労が溜まっていたらしい。お風呂から上がって横になった瞬間、そのまま寝落ちしてしまった。

翌朝、朝ご飯を食べながら、7月3日にPrime Videoで配信開始されたばかりの映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を視聴。

2時間36分という長編映画だが、めちゃくちゃ面白くて時間を忘れて見入ってしまった。

この映画は、一回目の視聴後に評価や解説を読み、そのあとに二回目の視聴をしたくなる作品だった。いい映画を観たあとにしか味わえない、心地よい満足感を存分に感じられた。

昼食を済ませたあとは、早くも帰る準備を始める。今回の帰省の目的は、両親に子供ができたことを直接伝えることだけだったので、用件を済ませたらもう帰るのみ。

とはいえ、帰りの新幹線の時間まではまだ少し余裕があった。そこで、コメダ珈琲に寄って一服することにした。

父親はコメダ珈琲のピザが好きなようで、定期的に無性に食べたくなるんだと言っていた。

コメダ珈琲のピザは、よくある冷凍ピザという感じだが、そのチープさが逆に子供の頃に家で食べたピザの味を思い出させ、懐かしい気分にさせてくれる。

私もコメダ珈琲のピザは好きだと思った。コメダ珈琲をあとにし、お次はブックオフへ。

ブックオフでは、なんとなく目についた子育てに関する本を二冊ほど購入。そのあと駅まで送ってもらい、両親に別れを告げて名古屋へ向かう。

帰りの新幹線の車内では、買ったばかりの子育て本をさっそく読んでみた。意外にも面白く、気がつけばあっという間に新横浜に到着していた。

これから始まる子育ては大変だろうが、それ以上に楽しいことがたくさん待っているはず。

今でも、自分なんかが父親になるという事実が信じられない気持ちでいて、子供にとっていい親になれるのか心配でしかない。

でもまあ、子供が生まれる前から子育て本を読む私のような人間は、きっと大丈夫だろう。

帰省 (1)

先週の土曜日と日曜日は実家に帰省した。とある用件を済ませるためだけの帰省だったので、友達と会う予定は立てなかった。

土曜日は朝8時過ぎに家を出た。外はすでに蒸し暑く、あまり体力を消耗しないように日傘を差し、ゆっくりと駅へ向かう。

かなり時間に余裕を持って家を出たはずなのに、駅に着いて時間を確認すると、電車の発車時刻が2分後に迫っていて焦った。急いでホームへ向かい、なんとか予定していた電車に乗ることができた。

新横浜からは新幹線で一気に名古屋へ。今回は3列シートの通路側の席を選んだ。

しかも、3列シートの窓側がすでに埋まっている席をあえて選んだ。うまくいけば真ん中の席は空席になり、そうでなくても隣に二人連れが座って騒がしくなる心配はない。

この考えはばっちり当たった。真ん中の席は空席ではなかったものの、隣り合った三人がそれぞれ一人で乗っていたため、車内では終始静かに過ごせたのが良かった。

地元の駅に着くと、いつも通り親が車で迎えに来てくれていた。父親は今年で78歳になるそうで、もう運転免許証の更新はしないつもりだと言っていた。

この日は父親が行きたいところがあるとのことで、そのまま車で向かうことに。道中にあったパスタの店に入り、まずは昼食。

私は2日連続のパスタだったが、パスタ好きなのでまったく問題ない。この店のペペロンチーノはスープパスタのようになっていて、スープにおかわり自由のパンを浸して食べると美味しかった。

量もちょうどよく、満足のいく昼食になった。その後、しばらく車を走らせ、目的地の関宿に到着。

東海道五十三次の47番目の宿場町である関宿には、東海道で唯一、当時の歴史的な町並みがそのまま残っている。全長約1.3kmの道を往復し、合計2.6kmを歩いた。

ずっしりと重い荷物を背負いながら、日傘を差して歩く。さすがにヘトヘトに疲れてしまったが、意外にも両親はそれほど疲れていないようだった。

両親は私のように大荷物を持っていたわけではない。それでも元気に歩く姿を見て、少し嬉しくなった。あるいは、単に私が運動不足なだけなのかもしれないが。

帰宅後、家族揃って夕飯を食べているときに、意を決して両親に子供ができたことを伝えた。両親は驚きつつも、喜んでくれたようだった。

私が婚活を始めた理由の一つに、両親に孫の顔を見せてあげたいという思いがあった。ようやくその願いを達成できそうで、本当に良かった。

両親は、私に結婚を急かしたり、孫の顔が見たいと言ってきたりすることはなかった。それでも本心では、孫が欲しいと思っていたに違いない。

両親に孫の顔を見せることは、最大の親孝行だと思う。両親は高齢なので、いつまで元気でいてくれるのか不安もあったが、なんとか元気なうちに孫の顔を見せてあげられそうで良かった。

友達と会食

久しぶりに友達から会おうと連絡があったので、金曜日の仕事終わりに新宿まで行ってきた。

ただ、18時の待ち合わせ時間に合わせて新宿へ向かうと、退勤ラッシュの時間帯と重なってしまう。電車に乗るだけでどっと疲れそうだったので、時間をずらして少し早めに新宿へ向かうことにした。

前回、新宿へ行くために乗った電車では、後方車両よりも前方車両のほうが空いているように見えた。そこで今回は、初めから前方車両に乗り込んでみることにした。

乗り込む人は多かったものの、車内にはほとんど人がおらず、余裕で座席を確保することができた。やはり新宿行きの電車は、前方車両のほうが空いているのだろう。

ただし、まだ退勤ラッシュは始まっていないはずだが、駅にはそれなりに人がいた。

新宿駅に到着すると、駅周辺が再開発の真っ只中で、迷路のようになっていた。新宿駅はただでさえ迷宮のように複雑なのに、あちこちが工事中のため、見慣れない通路へ迂回させられて訳がわからない。

右往左往しながらなんとか新宿駅を脱出し、目的地の都庁へ向かう。以前からずっと行ってみたかった都庁の無料展望室に、せっかくなので上ってみることにした。

都庁の展望室には北展望室と南展望室がある。北展望室は17時に閉まってしまうので、先にそちらへ上ることにした。

北展望室は、無料とは思えないほどきれいな作りをしていた。主に外国人向けと思われる土産物店もあった。

北展望室を堪能し、次は南展望室に上ろうかと思ったが、エレベーター前には長蛇の列ができていた。並んでいると友達との待ち合わせ時間に間に合わなさそうだったので、南展望室は次の機会にすることにした。

南展望室は21時30分まで開いているので、次は夜に妻と一緒に来て、夜景を楽しむのもいいかもしれない。

待ち合わせ時間になり、友達と合流。今回は都庁の近くに美味しそうなパスタの店があったので、そこに入ることにした。

友達は私と同じくIT業界で働いており、話題は主にこれからのIT業界、特に人間とAIとの共存について。

私のスタンスは一貫して、そう遠くない未来にITエンジニアの仕事は消滅するか、最低でも縮小していくだろうと思っている。友達は私ほど悲観的ではないようだったが、方向性としては私と同じようだった。

私はいつまでもIT業界にいるつもりはなく、出口戦略として、いずれは妻と一緒に小さな店を開業できたらいいと思っていることも話した。

友達も、今の仕事やIT業界に固執しない将来像を持っているようだった。

物事を柔軟に捉えられるようになると、いろいろな選択肢が残されていることに気づく。未来のことは誰にもわからないが、そこまで悲観的になる必要もないのかもしれない。

家庭菜園の大葉を食す

今日の朝、妻と話していたら、いつの間にか家を出る時間を過ぎてしまったらしく、駅まで車で送って行ってほしいと頼まれた。身重の妻にそう言われたら、断ることなどできない。

外に出ると、久しぶりに太陽が顔を出していた。まだ朝早い時間だというのに、すでにかなり暑い。これからさらに暑くなっていくのが信じられない。信じたくない。

家庭菜園の大葉を見ると、一株だけかなり大きく育っていた。ほかの株よりも葉がしっかりしていて、そろそろ使えそうだったので、4枚ほど収穫することにした。

収穫した大葉をまな板に並べてみると、市販のものとは少し色味が違う気がする。全体的に濃い緑というより、少し黄みがかったような色。

今日のような暑い日は、さっぱりしたものが食べたくなる。妻が以前買ってきてくれた冷しラーメンがあるので、それを昼食にすることにした。麺を茹で、具材を乗せ、最後に収穫した大葉を刻んで上に散らす。

大葉を刻むと、あの独特の匂いがふわっと香り、食欲をそそった。食べてみても、市販の大葉と何ら遜色なかった。

冷たい麺と酸味のあるたれに、大葉の香りがよく合う。やはり大葉が加わるだけで一気に夏の昼食という感じになる。

大葉は夏の薬味にちょうどいい。実際に収穫して食べてみると、改めてそう思う。暑さにはうんざりするが、こういうものが食卓に乗ると、少しだけ夏を受け入れられる気がする。

夜勤明けの過ごし方

新卒で入った会社では、最初の2年間だけ夜勤のある仕事をしていた。夜勤専従ではなく、日勤と夜勤を交互にこなす2交代制の勤務だった。

夜勤といっても、何も起きなければそこまで忙しいわけではない。少しの定型業務を済ませれば、あとは基本的に待機時間になる。空き時間には好きなだけネットサーフィンができたので、私は夜勤がそこまで嫌いではなかった。

もちろん、生活リズムは崩れる。夜に働いて朝に帰るというだけで、身体には負荷がかかっている感覚があった。それでも当時は20代前半で、多少無理をしてもなんとかなると思っていた。

夜勤業務で何より楽しみだったのは、夜勤明けの午前中の過ごし方だった。世間がこれから一日を始める時間に、自分だけ仕事を終えている優越感。

あるときは、夜勤明けのその足で家系ラーメンを食べに行ったこともある。長い長い勤務のあとに食べる脂っこいラーメンはめちゃくちゃ美味しかった。

そして私が最も好きだったのは、夜勤明けでスーパー銭湯に行くことだった。

平日の午前中のスーパー銭湯は、人が少ないことが多かった。時間帯によっては、客が私一人だけということもよくあった。広い浴場に自分の足音や湯の音だけが響いていた。

特に露天風呂が貸切状態だったときの居心地はよかった。眠気と疲れが残った身体を湯に沈めていると、そのまま寝落ちしてしまいそうになる。夜通し働いたあとの朝の空気が、妙に静かだった。

あの時間には、普通の休日とは違う開放感があった。朝から銭湯に入り、外はまだ午前中。これから仕事に向かう人たちとは逆の流れにいるようで、少しだけ得をしている気分だった。

ただ、夜勤を続けていると、やはり身体にはあまり良くないのだろうと思う場面もあった。夜勤明けで帰りの電車をホームで待っているとき、心臓をギュッと力強く掴まれるような痛みが走ることが何度もあった。

そのたびに、夜勤という働き方は長く続けるものではないのかもしれないと思った。若いからなんとかなっていただけで、年を取ってから同じことをするのは自分には難しそうだった。

結局、夜勤のある仕事をしていたのは最初の2年間だけだった。短い期間ではあったが、あの働き方を経験できたこと自体は悪くなかったと思っている。

夜勤明けに食べた家系ラーメンや、平日の午前中に入ったスーパー銭湯のことは、今でもわりとはっきり覚えている。あの時間の開放感だけは、なかなか他のものでは代えられない。

人の本性を暴くもの

酒が人を変えるのではなく、酒が人の本性を暴く。SNSが人を変えるのではなく、SNSが人の本性を暴く。

私はお酒を飲まない。少なくとも、好んで飲むことはない。理由は単純で、美味しいと思わないからだ。酔っ払って気持ちいい状態になったこともない。

よく「酔うと人が変わる」と言う。でも、私はその言い方に違和感がある。酒で別人になるわけではない。元々そういう人間だっただけだ。

普段は理性や立場や周囲の目によって、かろうじて抑えているものがある。酒はその蓋をゆるめる。ゆるんだ結果として出てくるものが汚いなら、その人の中身は元から汚かったということになる。

SNSについても同じだと考える。

正確に言えば、SNSそのものよりも、SNSにある匿名性が問題なのだと思う。実名や顔が見えていて、普段の生活圏とつながっていれば、人はそこまで簡単に汚い言葉を吐けない。

ところが匿名になると、その制約が一気に弱くなる。誰からも責任を問われない。現実の自分とは切り離されている。そう思った瞬間に、人は驚くほど雑に他人を扱う。

誰かの失敗を見つけると、待ってましたとばかりに叩きに行く。自分には何の関係もない他人の人生に、正義の顔をして石を投げる。しかも、それを悪いことだと思っていない。

むしろ、自分は正しいことをしていると思っている。そこが一番気持ち悪い。悪意が悪意の顔をしていればまだわかりやすいが、SNSでは悪意が正義や良識の顔をして流れてくる。

人間の本質は、かなり悪意に満ちているのではないかと思う。いわゆる性悪説に近い。普段の人間関係では見えにくいだけで、条件が整えば人は簡単に他人を攻撃する。

そして多くの人は、自分の中にあるそれを疑っていない。自分はまともで、自分は正しくて、自分の怒りには理由があると思っている。

酒は理性を弱くする。SNSの匿名性は責任感を弱くする。どちらも、人間の中にある醜い部分を表に出しやすくする。

だから私は、酒にもSNSにも近づきたくない。人間の本性をわざわざ見たいとは思わない。見れば見るほど、人を嫌いになるだけだと思う。

人間を信じたいなら、人間を見すぎないほうがいい。

ジャネーの法則は本当か

ジャネーの法則とは、年齢を重ねるほど一年が短く感じられるようになっていくという考え方。子供の頃は未経験のことが多く、大人になるにつれて新しい経験が減っていくためだと言われている。

子供の頃の一年は長かった一方で、大人になってからの一年はあっという間に過ぎていく。ただ、本当に大人になると未経験のことが減るのだろうか。

大人になってからでも、知らないことや経験していないことはたくさんあるはず。むしろ、子供の頃より行動範囲は広くなり、自分で選べることも増えている。

それなのに新しい経験が減ったように感じるのは、大人になると、未知の領域に近づこうとしなくなるからではないかと思う。

子供の頃は、自分から望まなくてもどんどん環境が変わっていく。季節のイベントがあり、進級や進学で人間関係が広がり、行ったことのない場所に親が連れて行ってくれる。

反対に、大人になると生活を安定させる必要が出てくる。家族のことを考えれば、定職に就いて安定した収入を得なければならないし、一軒家を買って定住するようにもなる。

ただ、未知のものに触れずに生きるようになると、時間の流れは単調になりやすい。同じような日々が続くと、あとから振り返ったときに、その頃に何をしていたのか思い出せなくなる。

私はというと、2022年から再び働き始めて以降、多くの「初めて」を経験してきた。婚活を始め、女性との出会いと別れを繰り返し、交際・同棲に至って、結婚した。

家を買い、個人事業から法人化もした。どれも、それまでの自分にはなかった経験だった。今振り返ると、かなり濃密な時間を過ごしてきたと思う。

そして今、これから子供が生まれようとしている。結婚や家の購入も大きな変化だったが、子供が生まれれば、また別の生活が始まるはずだ。

まだ想像できていないことも多いはず。そう考えると、私の人生にはまだまだ新しいことが残っている。大人になったから未経験のことがなくなったわけではない。

もうひとつ大きいのは、私はその時々の記録をブログ記事として残してきたこと。大きな出来事だけではなく、日常の中の些細なことも記事にして残してきた。

自分の中で考えたことや、少しでも学びになったことがあれば言語化してきた。あとから読み返すと、その時点の自分に戻ることができる。

何を考えていたのか。何に悩んでいたのか。何を嬉しいと思っていたのか。記憶だけでは曖昧になっていたことも、文章があると思い出しやすい。

だから過去を振り返ったときに、ただ「あっという間だった」とは思わない。いろいろなことを経験してきたと思える。

必ずしも、常に大きな挑戦をしなければならないわけではない。日常の中にある小さな喜びや、取るに足らない悩み、自分の心が少し動いた出来事を残しておくだけでいい。

そうして残したものがあると、あとから読み返したときに、その頃の自分が何を見ていたのか思い出せる。時間の流れを遅くすることはできないが、過ぎた時間を薄くしないことはできるのだと思う。

お腹の赤ちゃんの性別

1ヶ月ほど前、妻がミスドのドーナツを皿に並べて、私の前に差し出してきた。

ドーナツには「Girl or Boy?」と書かれたケーキトッパーが刺さっている。見た目としてはかなり気合いが入っていたが、私はそれが何を意味しているのかよくわからなかった。

「どういう意味?」と聞くと、妻は「ジェンダーリビールって調べてみて」とだけ言った。

調べてみると、お腹の赤ちゃんの性別をサプライズで明らかにするイベントのことらしい。それでようやく、妻が何を伝えようとしているのかがわかった。

そういえば、この日の数日前に妊婦健診へ行くと言っていた。そのときに、お腹の赤ちゃんの性別がわかったのだろう。

妻はその結果をそのまま伝えるのではなく、ミスドのドーナツを使ってジェンダーリビールを用意してくれたということだ。律儀にこういうものを準備してくれるところに、妻らしさが出ている気がする。

仕組みとしては、ドーナツの中に入っているボールドーナツの種類で、男の子か女の子かがわかるらしい。私は少し緊張しながら、ドーナツの中を覗いた。

中に入っていたのは、男の子を表すボールドーナツだった。

正直に言うと、私は一人目は女の子がいいと思っていた。昔から一姫二太郎がよいと言われているし、なんとなく自分もそのほうがいいのではないかと思っていた。

一方で、妻は男の子がいいと思っていたらしい。そう聞くと、今回の結果は妻にとってかなり嬉しいものだったのだろうと思う。

そして約1ヶ月後の今日、妻が再び妊婦健診に行った。結果としては、やはりお腹の赤ちゃんは男の子だろうとのことだった。

一度聞いていたことではあるが、改めてそう言われると、少しずつ実感が固まってくる。一人目は女の子がいいと思っていた分、多少残念そうな反応をしてしまったかもしれない。

ただ、性別がどちらであれ、我が子を大切に育てる気持ちは変わらない。

今年は60年に一度の「丙午」の年らしい。昔の言い伝えでは、女の子は「気が強く夫を不幸にする」と言われる一方で、男の子は「精力的で大物になる」と言われているそうだ。

もちろん、科学的な根拠がある話ではない。ただ、今年生まれる予定の子供が男の子だということを前向きに受け止める材料としてはよかったと思う。

男の子でも女の子でも、小さい頃はきっとかわいいだろう。月並みではあるが、健康に育ってくれさえすればいい。ただ、それだけ。

夏本番前の一仕事

土曜日は、いつもの食材の買い出しに加えて、買いたいものがあったのでホームセンターにも寄ることにした。

スーパーでは、鶏肉と豚肉がかなり安く売られていた。鶏もも肉が79円/100g、豚肉が99円/100g。最近の物価高を考えると信じられないくらいの価格。

ここまで安いなら買っておいて損はない。そう思って、鶏肉と豚肉を合わせて3.5kgほど購入。普段の買い物としてはかなり多い量だが、冷凍しておけばしばらく使える。

家に帰ってから、肉を小分けにして冷凍した。トレーから出して、測りを使ってできるだけ均等になるように分けていき、個別にラップに包んだ。

これで当分は肉類を買わなくて済みそうだ。ただ、冷凍庫はかなり埋まってきた。ストックするばかりではなく、どんどん消費していかなければ。

そういえば先日、妻が実家に戻ったとき、私が探していた「冷しラーメン」を見つけて買ってきてくれた。妻も密かに探してくれていたことが嬉しい。

この日の昼食は、その冷しラーメンを使って作った。実際に食べてみると、やはり美味しかった。思い出補正はあると思うが、それも含めて自分にはしっくりくる。妻も美味しいと言って食べてくれたのでよかった。

午後からは、我が家の敷地内の雑草の刈り取り作業を開始。午前中にホームセンターで刈込鋏と軍手を買っておいた。

雑草は思っていた以上に伸びていた。刈込鋏でどんどん切っていくが、一本一本が大きく、そのままではゴミ袋に入らない。刈ったあとに、さらに袋へ入る大きさまで細かくする必要がある。

私が刈込鋏で雑草を切り、妻がそれをゴミ袋に詰めていく。単純な作業ではあるが、量が多いと簡単には終わらない。切っても切っても、まだ残っているように見える。

Before / After

ようやく一通りきれいになったころには、かなり疲れていた。それでも、ずっと頭の片隅に残っていたタスクを片付けられたのは大きい。

ただ、ここまで伸び切ってから対処するのは大変なので、今後はもう少し早い段階で刈るか、そもそも生えてこないような対策も考えたほうがいいかもしれない。

夜は妻がポケモンZAをプレイ。ここ最近はサブミッションを進めていて、深夜1時過ぎまでかかってようやくすべてクリアするところまで来た。

妻にも早くDLCのレックウザ戦をやってほしい。妻はタイプ相性はなかなか覚えられないが、アクションゲーム自体はそこそこ上手いので、あっさりクリアしてしまうかもしれない。

特殊な食べ方

ふと、子供の頃のカレーライスの食べ方を思い出した。

子供の頃の私は、カレーライスをかなり変な順番で食べていた。まず、肉、じゃがいも、人参、玉ねぎといった具だけを先に全部食べる。

皿の中から具がなくなり、ルーとライスだけになったところで、ようやく本番に入る。そこからルーとライスをぐちゃぐちゃに混ぜて食べていた。

今思い出しても、かなり特殊な食べ方だったと思う。なぜその食べ方に行き着いたのか、自分でもよくわからない。

子供の頃は、食べ方の見た目などほとんど気にしていなかった。皿の上でルーとライスが均一になるまで混ぜることに、特に抵抗もなかったのだと思う。

釈明しておくと、この食べ方は遅くとも中学生になるまでにはやめていた。ある時期から、カレーはルーとライスを半々に分けて、少しずつ崩しながら食べるものだと認識するようになった。

どこかで一般的な食べ方を見たのだろう。家族か友人か、学校の給食かは覚えていない。ただ、自分の食べ方がかなり特殊で、もっと言えばあまり品のよいものではないと気づいたのだと思う。

大人になった今でも、人の食べ方を見て妙に気になることがある。たとえば、ファミレスなどでよく見るハンバーグ定食。

右手に持ったナイフでハンバーグを食べやすい大きさに切り、左手に持ったフォークで切れ端を刺して食べる。それだけのことなのに、いったんナイフを置いて、フォークを右手に持ち替えてから食べる人がたまにいる。

あれを見るたびに、なんでそんな面倒くさい食べ方をするのだろうと思う。フォークくらいなら、左手でも簡単に扱える。わざわざ持ち替える手間のほうが気になってしまう。

もちろん、本人にとってはそれが自然なのだろう。子供の頃の私が、カレーの具を全部先に食べていたのと同じように、その人の中では特に変なことではないのかもしれない。

それから、個人的にハンバーグ定食のライスが平皿に乗って出てくるのもあまり好きではない。はっきりした理由は説明できないが、私は平皿のライスが苦手だ。

ご飯は茶碗に盛られていてほしい。洋食だから平皿なのだと言われればそうなのかもしれないが、やはりご飯は茶碗のほうが落ち着く。

食べ方には、その人なりの癖が出る。自分では普通だと思っていることも、別の誰かから見たら意外と変に見えているのかもしれない。

最近行った法人関連手続き

法人関連の手続きが山積していたので、意を決して一気に消化。ここ最近は仕事やプライベートのことも重なって、ついつい後回しにしてしまっていた。

まず、社会保険料の口座振替関係。以前提出した書類に不備があり、法人印を押すべきところを個人印を押してしまっていた。

この件は、銀行窓口へ行って法人の正しい届出印を確認してもらい、改めて書類を郵送した。

続いて予定納税額の減額申請。e-Taxでできるか確認したものの、該当する手続きが見つからず、最終的には郵送で進めることにした。

申請書と添付計算書を用意し、必要な添付書類と送付先を確認。これで、予定納税額の減額申請については郵送できるところまで整理できた。

源泉所得税の納期の特例についても確認。5月分と6月分は、7月10日までにまとめて納付する流れ。e-Taxで手続きを進め、freee側の処理も登録した。

全国健康保険協会から届いた健康保険委員登録の案内も確認。これは任意の登録のようなので、今回は対応しないものとして扱うことにした。

そして算定基礎届。提出する書類や記入内容を確認。これも書類記入を済ませ郵送できるところまで整理できた。

社会保険料の口座振替、予定納税額の減額申請、源泉所得税の納期特例、健康保険委員登録の案内、算定基礎届。何しろ初めてのことばかりなので、取り掛かる前は気が重い。

やるべきことが山積している状態は心理的にもよくない。自分の中のメモリ領域を常に食い潰している感じがする。

実際には何も作業していない時間でも、あれをやらないといけない、これも確認しないといけない、という感覚だけが残り続ける。

今回改めて思ったのは、届いた書類はまずスマホで撮影して、AIに分析させるところまではすぐにやってしまったほうがいいということ。これだけなら、そこまで考え込まずにできる。

何の書類なのか、対応が必要なのか、いつまでにやらなければいけないのか。そこだけでも早めに把握できれば、見えないまま置いてある状態よりはかなりましになる。

仕事やプライベートで立て込んでいると、ついこういう手続きは後回しにしてしまうが、できるものからどんどん消化していったほうがいいと改めて思った。

与えられる幸せを疑わなかったあの頃

私が子供の頃、実家のある住宅地には、まだ家も何も建っていない空き地がいくつかあった。

学校が終わると、友達とその空き地でよく遊んだ。特別な遊具があるわけでもないが、子供にとってはそれで十分だった。

夕方5時になると、町内放送で「夕焼け小焼け」のような音楽が流れる。その音が聞こえると、それまで一緒に遊んでいた友達が、少しずつそれぞれの家へ帰っていく。

誰かがはっきり「帰ろう」と言うわけではない。音楽が流れたら帰る。子供の頃の夕方には、そういうわかりやすい区切りがあった。

帰り道を歩いていると、家々から夕飯の匂いが漂ってくる。焼き魚の匂いだったり、カレーの香りだったり、どこかの家の台所の気配が道路まで流れてきていた。

その匂いをかぎながら、今日の我が家の夕飯は何だろうと考える。外で遊んでいた体は少し疲れていて、それでも家に近づくにつれて足取りは自然と早くなる。

玄関を開けると、母親が夕飯を作っている。私は帰ってくるなり、キッチンに立つ母親の周りを意味もなくうろちょろしていた。

手伝うわけでもない。ただ、何を作っているのか見たいし、そばにいたかったのだと思う。そうしているうちに、料理の邪魔だからとキッチンから追い出される。

追い出されたあとは、リビングでテレビを見るか、先にお風呂に入りに行く。夕飯までの少しの時間は、家の中が慌ただしくも落ち着いている時間だった。

夕飯を食べ終えたあとは、リビングでしばらく過ごす。私の定位置は、父親か母親の懐の中だった。

後ろから抱きしめられていると、だんだん眠くなってくる。テレビの音や家族の声は聞こえているのに、体だけが先に眠る準備を始めるような感じだった。

我が家は夜9時には寝かせられる家庭だった。面白いテレビがやっていても、時間になれば二階の寝室へ行かなければならない。

もっと起きていたいと思うこともあったはずだが、布団に入ってしまえば長くはもたない。毎日になんの不安も疑いも持たない子供だった私は、名残惜しさもすぐにどこかへ行ってしまい、数分で眠りに落ちていた。

あの頃のような幸せを味わうことは、おそらくもう二度とないだろう。何かを成し遂げたわけでも、特別な日だったわけでもない。ただ家に帰れば夕飯があり、親がいて、眠る場所があった。

それを幸せだと意識したことはなかった。子供だった自分にとっては、それが毎日の当たり前だった。

これから自分にも子供が生まれる。自分の子供に、私が味わったような幸せを与えられるだろうかと考える。

もう私は、幸せを与えられる側ではない。これからの人生では、幸せを与えることが、自分自身の幸福につながっていく。

総資産(2026年6月)

資産種別 前月 今月 差額
個人口座 2,011,450円 2,008,737円 -2,713円
法人口座 799,722円 1,134,310円 334,588円
NISA(投資信託) 16,267,443円 16,404,213円 136,770円
iDeCo(個人型確定拠出年金) 4,209,055円 4,196,644円 -12,411円
小規模企業共済 1,610,000円 1,680,000円 70,000円
総資産 24,897,670円 25,423,904円 526,234円

総資産としては、今月も一応プラスになった。

内訳を見ると、個人口座はほとんど変わっておらず、生活費として使えるお金が増えている感覚はない。

個人口座がほぼ横ばいということは、一月あたりの役員報酬をほとんど使い切っているということ。役員報酬の設定がうまくいっているのか、それとも単に余裕がないだけなのか、正直まだ判断しづらい。

手元に余裕がある感じはまったくない。法人口座には前月より多く残っているが、ここからさらに社会保険料や源泉所得税が引かれる予定。

法人化してから、税金や社会保険料の重さをかなり意識するようになった。個人事業主のときも負担はあったが、法人になると支払いの種類やタイミングが増える。

毎月のように、何かしらのお金が出ていく。入ってきたお金がそっくりそのまま消えていく感覚。

本当にこの国は税金を取りすぎだと思う。努力して収入を上げても、毎月ごっそり持っていかれる。高所得という言葉だけを見れば余裕があるように見えるかもしれないが、実感としてはかなり違う。

住宅ローンがあり、法人の支払いがあり、これから子供も生まれる。子育てにかかる費用も、これから現実のものになっていく。

それなのに、子育て世帯からここまで取られるのは納得がいかない。これから子供を育てていく家庭から、容赦なく税金や社会保険料を持っていく。少子化がどうこう言うなら、まずこういうところをどうにかしてほしい。

正直なところ、子供を成すこともなく、一人でセコセコと小金を溜め込んでいるところから取ってほしい。

家族を持ち、住宅ローンを背負い、これから子供を育てるために働いている世帯から毎月ごっそり取って、将来への備えまで削られていくのは、どう考えてもおかしい。

今月は有価証券の伸びもそこまで良くなかった。それでも総資産としては50万円ほど増えているので、結果だけ見れば悪くない。

ただ、こういう相場のときに追加資金を入れられないのがもどかしい。本来なら、少し下がったタイミングで資金を入れたい。だが今の私には、そこまでの余剰資金がない。

毎月の役員報酬は生活費でほぼ消える。法人側の資金も、税金や社会保険料に備えて残しておく必要がある。投資に回す前に、足元の支払いをするので精一杯。

今年は法人化したばかりなので、ある程度は仕方ないと割り切る。社会保険料は昨年までの収入を前提に決まっており、今の法人の資金繰りとは噛み合わないところがある。

法人化したばかりの今年だけは、雌伏の年として耐えるしかない。何年か後には軌道に乗って、少しずつ余裕が出てくることを信じたい。

5年前の転機

それまでの私は、2年半もの間まともに働かずに過ごしていた。毎日をダラダラと過ごし、何かを積み上げるわけでもなく、本気で何かに取り組むこともなかった。

そういう生活が許されるなら、正直、一生それでもよかったのかもしれない。働かずに済むなら働きたくないし、何かに追われずに過ごさなくて済むなら、そのままでいたい気持ちもあった。

ただ、現実にはそうはいかない。お金は放っておけばすぐになくなる。働いていない期間が長くなればなるほど、再び仕事を探すときに不利になる。働いていなければ結婚もできないし、家を買うこともできない。

そういう当たり前のことは、頭ではずっとわかっていた。わかっていながら、なかなか動き出せなかった。

何かを始めなければいけないと思いながら、今日ではなく明日、今月ではなく来月、そうやって少しずつ先延ばしにしていた。

2021年12月、私は一度地元に帰省することにした。再び働き始めるために、自分の中で区切りをつけるための帰省だった。

帰省する前から、この帰省を機に動き始めようと決めていた。年が明けたら、気持ちが整ったら、もう少し休んだら。そうではなく、東京に戻ったらすぐに行動を起こす。

自分の性格は自分が一番よくわかっている。一度先延ばしにすると、次も先延ばしにする。だから、帰省というわかりやすい区切りを作って、戻ったら動こうと決心した。

地元の友達は、地元で働いていたり、結婚していたり、子育てをしていたり、みな自分の人生を自らの足で歩んでいた。

自分にはもうあとがない。自分も結婚したり家を買いたいなら、働くしかない。友達と同じような幸せを手に入れたいなら、行動するしかない。

そういう現実を、自分で自分に突きつけたかった。自分とは違う場所で生活を進めている人たちを見て、このままではいけないと自分で思う必要があった。

地元から東京に戻る日は、朝から憂鬱だった。東京に戻れば、嫌な現実が待っている。今まで目を逸らし続けてきた現実に向き合う必要がある。

地元から東京へ戻る新幹線の車内では、ただ、窓の外を眺めていた。その日の悪天候は、そのときの自分の気分と重なるようで、今でもはっきり覚えている。

東京に戻った次の日も、憂鬱な気分は残っていた。憂鬱な気分を言い訳にして、もう一日だけ先延ばしにすることは簡単だった。

でも、それで困るのは他ならぬ自分自身であることも、十分すぎるほど理解していた。

過ぎてしまった時間が戻らない以上、今この瞬間が一番若いんだ。今日動かなければ、明日は今日より一日分だけ遅くなる。そう自分に言い聞かせた。

その後も、苦しい瞬間は何度もあった。仕事がすんなり決まったわけではないし、婚活も最初からうまくいったわけではない。それでも、あのとき動き始めたことが、すべての起点になっている。

今、あのとき漠然と思い描いていた理想の自分になれただろうか。あの頃の自分が望んでいた場所には、辿り着くことができただろうか。