先日、いつものスーパーに買い物に行ったときのこと。
私が陳列棚の商品を見ていると近くにいた女性が「すいません」と声をかけてきた。
私は初め商品の位置でも聞かれるのかと思ったが、そういうのは普通、店員に聞くものであって、どう見ても店員ではない私に聞いてくるのはおかしいなと思った。
女性は見たところ40〜50代というところで、白髪交じりの長髪を後ろで縛っていた。身なりは小汚いというほどではないが、あまり上等な服ではなさそうだった。
いぶかしながら返事をすると、女性はよくわからない話をし始めた。
「内閣情報調査室の”はしばけん”という男をご存知でしょうか。わたしはその男に命を狙われています」
内閣情報調査室というのはなんとなく聞いたことがあるが、何をしている組織なのかはっきりとは知らない。
帰ってから調べたところによると、内閣情報調査室は内閣官房に属する情報機関だそう。
内閣情報調査室(ないかくじょうほうちょうさしつ、英語: Cabinet Intelligence and Research Office[1])は、日本の内閣に置かれる内閣官房に属する情報機関。略称は内調(ないちょう)、CIRO(サイロ)。
内閣情報調査室(以下、内調)は、「内閣の重要政策に関する情報の収集及び分析その他の調査に関する事務(各行政機関の行う情報の収集及び分析その他の調査であつて内閣の重要政策に係るものの連絡調整に関する事務を含む。)をつかさどる」(内閣官房組織令(昭和32年7月31日政令第219号)第4条)組織で、内閣官房に属する情報機関である。
女性はさらに続ける。
「内閣情報調査室は日本のCIAのようなところで、そこの偉い人に秘密裏に殺されてしまう。”はしばけん”は内閣情報調査室の参与をしています」
ここで私は”はしばけん”なる人物の漢字を女性に聞いてみた。内閣情報調査室にしろ”はしばけん”にしろ、帰ってから調べてみようと思ったからだった。
「”はし”はブリッジ、”ば”は場所...」
「そうですそうです、”けん”はわからないんですけど」
私が言い終わらない内に食い気味に肯定する女性。
後でわかったことだが、女性は私以外の何人かにも同様の話をしており、ほとんどの人は「わからないです」と言って早々に立ち去ってしまったそう(それが賢明)。
私が”はしばけん”の漢字を問い直したことで、女性は「この人はわたしの話を真剣に聞いてくれている」と思い、気分が高揚してしまったものと思われる。
当の私はと言えば、女性の話自体はまるきり信じていなかった。ただ単に話のネタになりそうだと思っただけだった。
帰ってから”橋場けん”について調べてみた。
どうやら内閣情報調査室には橋場健という人物が本当にいるよう。ただし役職は参事官であって、女性の言うように参与ではなかった。
参事と参与の違い
参事と参与の違いは仕事内容になります。参事は実務部隊に近い仕事をしています。
参事と参与だったら参与が上で、組織にもよるが、参事は課長、参与は部長に相当するらしい。
GoogleやTwitterで橋場健について調べると、秘密保護法案をめぐるニュースでよく名前を見かける。
秘密保護法案は、国がもつ軍事・外交・治安分野の広範な情報を「特定秘密」として国民のアクセスを制限するための法案で、内閣情報調査室はこの法案の策定に携わっていた。
ニュースの内容は、原発に関する情報も秘密保護法案の対象に入るのかという質問に橋場健参事官は「その可能性もある」と応えたというもの。
女性がこれらのニュースを見て「内閣情報調査室の橋場健参事官」を知った可能性は十分考えられる。
その際、参事官を参与と勘違いしたり、健の字を失念した可能性がある。
一般的な推測だが、この法案をめぐって対立する何者かが内閣情報調査室を貶めるためにあらぬ噂を流している可能性も考えられる。
よくよく話を聞いていると、女性は昔、橋場健の両親とご近所トラブルを起こしたそうで、それがもととなって現在でも命を狙われるようになったとのこと。
しかし、たかがご近所トラブルの延長で、国家的権力を行使しての殺人にまで発展するだろうか。
そのご近所トラブルがどういうものだったのかとか、実際に被害にあったことはあるのかとか、聞きたいことはあったが、首を突っ込みすぎるのもどうかと思い、そこは追求しないでおくことにした。
ちなみに警察へ訴えたことがあるが、証拠不十分でまともに取り合ってもらえなかったとのこと。
最後に女性は言った。
「インターネットで橋場健が女性を殺そうとしているなどの書き込みを見たらわたしに教えてください。教えてくださればそれなりの謝礼をお渡しします」
女性はインターネットができないので、彼女の代わりに情報収集をすれば謝礼を渡すと言っている。
ITに疎いのは妙齢の女性にありがちなので話の筋は通っているが、情報を渡せば引き換えに謝礼を渡すというところで怪しさが格段にました。
それほど切羽詰まっているという事情があるのだとも考えられるが、見ず知らずの男性に金銭を渡すことを約束するという考えはちょっと異常だと思った。
仮にそのような情報を見かけ、女性に伝えたとしても、怖くて金銭は受け取れない。
そもそも、女性の話が本当なら、内閣情報調査室という情報を司る機関の偉い人がインターネットなんかに情報を残すはずはないと思うが...
だいたい10分くらい話した後、女性は「忙しいときにごめんなさいね」と言って立ち去っていった。
その後、レジ待ちをしているときに、別のところでレジを待っている女性を見かけたが、距離をとって早々に退散した。
あまり首を突っ込みすぎると凶悪事件に巻き込まれないとも限らない。