ノスタルジック '00 (5) 《妙》

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週に一度の選択授業では、普段のクラスメイトとは違うメンツで授業を受ける。

ぼくの選択した選択授業には見知った顔がなく、またイチから人間関係を築かなければいけないのかと考えていた。

しかし、それは杞憂だった。

ぼくの席は窓際から数えて二列目、真ん中あたりの席。その隣、窓際の席に座っている新野という名前の女の子から声をかけてもらい、偶然仲良くなることができたからだ。

彼女は中学のときの同級生で、それがきっかけで話すようになった。

中学のときは彼女と接点がまったくといっていいほどなく、正直なところ、僕は彼女に言われるまで同級生であることに気づいていなかった。

失礼極まりないぼくに彼女は最初怒っていたが、最終的には許してくれたようだった。

 

ある日の選択授業で宿題が出された。

宿題内容は作文。それくらいならいい。作文だけなら時間をかければなんとか書けそうだったから。

問題は、書いた作文をみんなの前で発表しなければいけない、ということだった。

壇上に上がり衆目を浴びながら自分の書いた作文を朗読する...

考えただけで恐ろしい。ぼくは人前で何かをするということが大の苦手だった。

いっそ先生が病欠か何かで授業が中止になってくれないかな。

仮に授業が中止になったところで作文発表は次週以降に持ち越されるだけだっただろうに、そんなことにすら考えが及ばず無意味なことを願っていた。

当たり前だが願いは叶うことなく、作文発表の日、定刻通りに先生はやってきた。

「みんな、作文は書いてきたか?」

作文を書いてなかったり持ってきてなかったりすれば、もしかしたら発表を回避できたかもしれない。

しかし今となっては後の祭り。作文はちゃんと書いてあったし、持ってきていた。

みんなの前で作文を発表するというだけでも嫌だというのに、先生はさらにとんでもないことを言い出した。

「今から配る紙に発表した人への感想を書くこと。感想は無記名でいい」

そう言いながら先生はポストイットのような小さな紙を生徒たちに配り始めた。

悪口を書かれたらどうしよう...

何かとネガティブに物事を考えてしまう悪い癖がぼくにはあった。この悪癖があったからこそ、目立ちたくないという思いが生まれたともいえた。

そうだ、感想なんて見なければいい。

ポストイットにどんなことが書かれていようと、見なければぼくが内容を知ることはない。

その考えに至ると、それまでの緊張が嘘のようになくなった。

ぼくの発表が終わるとみんなが一斉に感想を書き始める。中には発表中に書き始めるせっかちな者もいたが。

全員が書き終えたタイミングで先生が合図をし、みんながぼくのところへ感想を書いたポストイットを持ってきてくれた。

割とたくさんあった。中には二枚、三枚と感想を書いてくれた人もいるようだった。

しかしぼくは見ない。何が書かれているかわからない以上、自分が傷つかないためにも見ないと決めたのだ。

「なあ、なんて書いてあった?」

ぼくの前の席の男子が体を捻ってぼくのほうを向いていた。こいつとは席が近いこともあって、選択授業のときはそれなりに話す仲になっていた。

「なんてって、まだ読んでないよ」

「なんで、読まないの?」

そう言いながら前の席の男子はぼくの机に置かれた、感想が書かれたポストイットに手を伸ばした。

「おれが読んでやる」

慌てて止めようとしたが遅かった。何枚か取られてしまった。

「...読んだら返せよ」

「なんだこれ?」

見せられたポストイットにはこう書かれていた。

――せっかくかっこいいんだから、もっと前を見て発表したほうがいいと思う。