ノスタルジック '00 (6) 《繭》

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――せっかくかっこいいんだから、もっと前を見て発表したほうがいいと思う。

前の席の男子が勝手に持っていった何枚かのポストイット。その中の一枚にそう書かれていた。

ポストイットにはさきほどぼくが行った作文発表についての感想が書かれているはずだった。

先生は「感想は無記名でいい」と言った。

ほとんどの感想がそうであるように、その妙な感想にも名前は書かれていなかった。

名前は書かれていなかったものの、普通に考えて書いたのは女子であるように思われた。

絶対に男子ではないと言い切ることはできないが、とりあえずその可能性は考えないことにした。というより、考えたくなかった。

いったい誰が書いたんだろう。

ポストイットの感想は、書いてくれた本人がぼくのところまで持ってきてくれた。

当然、あの妙な感想を書いた本人もぼくのところへ来て感想を置いていったはずだが、ぼくはその瞬間を見ていない。

感想は見ないつもりでいたから、誰がどの感想を置いていったかなんていう細かいところまで見ているはずがなかった。

考えたところでわかるわけないか。

いつしかぼくは「誰が書いたか」ではなく「誰が書いたとしたら嬉しいか」を考えていた。

誰が書いたとしたら、嬉しいか...

ぼくは反射的に窓際のほうを見ようとしたが、やめた。

なんとなく見るのがためらわれた。なぜそう感じたのかはわからない。

窓際の隣の席には新野という女の子が座っている。

彼女は中学のときの同級生で、選択授業を受けるようになってからときどき話すようになった。

彼女と話すのは選択授業が始まる前と終わった後のわずかな時間だけ。

選択授業以外では彼女を校内で見かけることはほとんどなかった。ぼくとは生活圏が違うのかもしれない。

週に一度、選択授業のときだけ会う女の子。ぼくの数少ない女友達のひとりだった。

 

選択授業が終わるとほとんどの生徒はぞろぞろと教室を出ていく。

選択授業は普段の授業を受けているところとは違う教室で行われることが多いので、選択授業が終わればみんな元の教室に戻る必要がある。

元の教室と選択授業の教室が同じという運のいい人がいる一方で、教室同士が校舎の端から端という運の悪い人もいる。

運の悪い人は急いで移動しないと次の授業に遅れてしまうかもしれないから必死だ。

ぼくはそれほど遠い教室というわけではなかったが、移動しなければならないのは一緒だったので、荷物をまとめて席を立った。

窓際の席を見てみる。

ついさっきまでその席に座っていた女の子はすでにいなかった。

そういえば彼女の普段の教室ってどこだっけな。今度聞いてみよう。

そんな事を考えながらぼくは教室を出た。

「ねえ、わたしの感想読んだ?」

教室を出たところで不意に後ろから声をかけられた。

振り返ると、隣の席の新野という女の子が教室の壁にもたれかかってこっちを見ていた。

気づいたときには席にいなかったから、さっさと元の教室に戻っていったんだと思っていた。

「え、なんで?」

「読んでないの?」

「名前書いてなかったからわからないよ。新野さん、なんて書いたの?」

「教えなーい」

そう言うと彼女はそそくさと走っていってしまった。

なんであんなことを突然聞いてきたんだろう。

ひょっとしてあの妙な感想を書いたのは彼女で、それを読んだぼくの反応が知りたくて聞いてきたのか...?

いつの間にか予鈴のチャイムが鳴っていたようで、廊下にはぼく以外誰もいなくなっていた。

「やばい、遅れる!」

ぼくは急いで元の教室へと向かった。