契約打ち切り

そういえば例の顧客との契約は打ち切りとなった。

夏頃からすれ違いが増え始め、それから日を置かず向こうの方から連絡があり契約を打ち切りたいと連絡があった。

一応向こうが顧客なのでこちらから断ることはなかなか難しい。

しかしこちらとしても継続してやっていくことに難しさを感じていたので向こうから切り出してくれて助かったというのが正直な感想。

まず私は相手が自分の言ったことすら守れない、守ろうとすらしない、社会人にあるまじき行動を何度も繰り返すことに辟易していた。

一方、相手も相手で、何やら私の態度がドライに感じるとかで不満に思っていたらしい。

話を聞くとどうやら相手は今回の契約を仕事というよりも知り合い同士の緩い共同制作のようなものにしたかったらしい。

確かに最初の頃からそのようなことはずっと言い続けていたが、それは対価を値切りたいとか無償で様々な対応をさせたいという浅ましい思惑があるという印象を受けた。

実際はどうか知らないが、私はそのようなつもりで仕事をするつもりはない。

技術の安売りは決してしない。

電話会議なんかでも、私はさっさと仕事の話に移行したいのだが、相手はまず30分ほど雑談を始めるので非常に困っていた。

当然、雑談に30分も取られては満足に仕事の話ができるはずもなく、かなり長引いてしまったり、尻すぼみに終わらざるを得ない場面も多々あった。

その上相手は自分が設定したはずの日時の予定も平気で直前になって延期しようとしてきた。

これでは時間がいくらあっても完成にこぎつけるのは至難だと思われた。

相手は私と「友達」になりたかったのかもしれない。

残念ながら私は相手と友達になる気は一切なかった。必要ならば雑談にも付き合うし、角の立つような態度を見せることもしなかったが、友達になるという発想すらなかった。

お互いに意識の齟齬があったため、このような結果になるのは必然だった。むしろここまで長くやり続けたのは、少なくとも私の我慢というのもあっただろう。

代金については、最終的に支払われるはずだった総額の約2/3ほどを受け取った。

これまで数々のモックアップを作成し、また電話会議を行えば議事録も作成し、それらを共有するスペースの確保もすべて渡しが行っていた。

それらの作業費と考えれば当然だった。時間単価で考えれば安すぎるくらい。

一応言っておくが支払いの話は相手から切り出した。私は請求するようなことは口に出していない。

まあ相手が言い出さなければ私の方から切り出していたのは間違いないだろうが。

代金はその日のうちに振り込まれていた。

実はこの代金は当初7月中に振り込むという話があった。これも相手から言い出したことだった。

しかしその約束は果たされず、7月が終わって数日してからようやく「発注書」が届いたのだった。

私は発注書を素に請求書を送付したがまたしばらく音沙汰がなくなった。

相手はしきりに「忙しい」ということを盾に自分の行動が遅れることを謝ってきた。

一度や二度ならいいが、それが何度も何度も続く。ましてや自分が7月中に振り込むといっておきながら、ついぞ発注書すら7月中に届くことはなかったのだから、もはやこちらのことを完全に舐めているとしか思えなかった。

私はフリーランスになって経験が浅いため、なるべく相手方に迷惑をかけないように都度調べなら対応してきた。

返信も遅くとも翌日までに必ず返すようにしていた。

そうした私の努力を屁とも思わず、むしろ踏みにじるかのような数々の行動に私は怒りより悲しくなった。

契約が打ち切りとなり、その日のうちに代金が支払われた。

そんなに早く行動できるのならなぜ最初からそうしなかったのだろう。

私相手ならどんなに理不尽に約束を反故にしても構わないと、そういった考えが根底にあったんだろうと思う。

いくら相手が私のことを友達になろうと思っていたとしても、約束を守らなくていい理由にはならない。

親しい仲である友達だからこそ約束は守らなければならないとさえ思う。

相手がそのような舐めた態度を隠そうともしないのなら、私だってそれなりの対応をすることは致し方ない。

私はその日のうちに公開していたモックアップやチャットスペースなどの一切合財をすべて削除して見られないようにした。

1時間ほどで作業は完了した。

あっさり生地にしようと思っていたが思いの外長くなってしまった。

それほど私も溜まっていたんだろうな。