ノスタルジック '00 (12) 《盾》

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新野さんが指差す先には、楽しいはずの遊園地には似つかわしくないおどろおどろしい雰囲気の建物があった。お化け屋敷だ。

お化け屋敷は絶叫系が乗れないぼくにとって、それなりに楽しめる数少ないアトラクションのひとつだった。しかもこのお化け屋敷には小さい頃に何度か入ったことがある。

「いいよ、入ろっか」

男女がお化け屋敷に入るというシチュエーションで男がすべき仕事はただひとつ、怖がる女の子をさっとリードして安心させてあげることだ。

お化け屋敷の中の構造は小さい頃に入ったことがあるのでなんとなくわかっている。怖がらず堂々としているぼくを見て彼女は惚れ直してくれるかもしれない。

しかしお化け屋敷に入ろうと言ってきたのは新野さんのほうだった。もしかしたら彼女は怖いのが平気なんじゃないだろうか。

怖がってもない女の子を安心させる必要はないし、いくらぼくが堂々としていたってそれが普通だと思うだけだろう。

そんなことを考えながら入口の暗幕をくぐる。

薄暗い通路が伸びており、その横におどろおどろしい格好をした人形が立ち並ぶ。子供の頃見たよりもさらに作り物然としていてちゃちに見えた。

人は未知のことに恐怖を抱く。闇夜に染まる夜道の先に、得体の知れない何者かがいることを想像して身を震わせる。

ぼくは成長し、その間にいろいろな経験をした。いまのぼくにはお化け屋敷の暗がりの先に何があるかわかってしまっている。

「ん?」

身を縮こまらせ、あたりを警戒するように視線をさまよわせる新野さんがいた。

「...ひょっとして、怖いの?」

無言でうなずく新野さん。

考えてみれば、怖いからこそ誰かと一緒に入りたかったのかも知れない。文字通り怖いもの見たさというやつだ。

「ぼくが前を歩くから後からついてきて」

ぼくがそう言うと新野さんはささっとぼくの背後に身を隠した。これはこれでいい、かもしれない...

その後、先行して歩くぼくとぼくを盾のようにして歩く新野さんという構図のままお化け屋敷を数分間さまよった。

そして最後に暗幕をくぐると出口だった。数分ぶりの強い日差しに目がくらんだ。

お化け屋敷を出ると、さきほどまでいたところで相原と三枝さんがぼくたちを待っていた。どうやらブラックトルネードは乗り終わったらしい。

「どこ行ってたんだよ」

「そこのお化け屋敷だよ」

「ふーん、ふたりで?」

三枝さんが不敵な笑みを浮かべながらぼくに水を向ける。

「そうだよ」

「せっかくみんなで遊びに来てるんだから、あんまり別行動すんなよ」

「ごめんね、わたしが入りたいって言ったから...」

ぼくに対してなら強く言える相原も、新野さんに謝られてしまうとおとなしくならざるを得ない。

場の空気が重くなりかけたとき、取り持つように三枝さんが話題を変えた。

「ねえ、次はあそこに行こうよ。あそこなら四人で入れるでしょ」

三枝さんが示したのは無機質な四角い建物だった。子供の頃来たときにはなかったので、新しくできたアトラクションなのかもしれない。

アトラクションの名前はラビリンスと言って、建物全体が迷路のようになっている。ちょっとした謎解きなんかもあるようで、子供じゃなくても楽しめそうなアトラクションだった。

三人とも異論はないようだったので、次はラビリンスに入ることになった。

「なあ、せっかくだし2:2で分かれて入ろうぜ」

「は?」

「2チームに分かれて出口まで競争するんだ。チーム分けは、他校同士の親睦を深めるために、おれと新野、榊と三枝でどうだ」

相原がひとりでどんどんと話を進めていく。さっき自分で「別行動するな」とか言っていたくせに。そもそもラビリンスって競争するようなアトラクションなのか?