「気にならない、新野ちゃんの気持ち?」
三枝さんは不敵な笑みを浮かべながら言った。
おそらく彼女は他人の機微に人一倍敏感な性格なんだろう。他の人の気持ちを感じ取りやすいからこそ、場の空気を和ませることにも長けている。
実際、ぼくや相原のことなんかはすでに見透かしているようだった。相原はともかく、ぼくとは会ってからそれほど経ってないというのに。
新野さんの気持ちか。気にならないと言えば嘘になる。
「...気にはなるけど、知らないままでいい」
彼女の気持ちを知ってしまうのが恐かった。
「そっか。でも、意中の人がいるってことは否定しないんだね」
三枝さんは「意中の人は他にいる」と言った。三枝さん以外の女の子といえばひとりしかいない。つまり三枝さんにはぼくの意中の人が誰なのか知られてしまっているということだ。
それでも構わなかった。ぼくは隠し事が得意なほうではない。今日一日を一緒に過ごしていれば、遅かれ早かれ感づかれていたことは想像に難くない。
「あれ、怒らせちゃった...?」
三枝さんが胸の前で小さく手を合わせながらぼくの顔を覗き込んできた。怒ったような表情をしてしまっていたのかもしれない。
きっと彼女はぼくに対する純粋な親切心から新野さんの気持ちを教えてくれようとしたんだろう。彼女の表情を見れば悪気がないということはわかった。
「いや、そんなことないよ。それよりほら、遊園地が見えてきた」
新野さんと相原もつられて外を見る。車窓からは遊園地の大観覧車が見えていた。
この遊園地には子供の頃によく家族で来たことがあった。ここ数年は足が遠のいていたが、子供の頃にここで遊んだ楽しい思い出はいまでも鮮明に覚えていた。
あの頃はまさか自分たちだけで遊園地へ来るようになるとは思いもしなかった。しかも今日は女の子まで一緒だ。断ろうと考えたこともあったが、やっぱり来て良かった。
ぼくたちは遊園地の入場ゲートで入場券と乗り物チケットを購入した。
遊園地に入ると、わくわくを抑えられないといった感じで三枝さんが切り出した。
「ねえねえ、まずなにに乗る?」
「やっぱり、最初はあれだろ」
言いながら相原は彼方に向けて指を向ける。その指の先には...
「ブラックトルネード...」
ブラックトルネードは全国でも有数のスピード、距離、恐怖度を誇るジェットコースターだ。急転直下に始まり大カーブ、大車輪、スクリューなど考えうる限りの恐ろしいポイントが惜しげなく詰め込まれている。
三枝さんなどはブラックトルネードを見て目を輝かせている。
「ごめん、ぼくはやめとく」
「なんだよ榊、恐いのか?」
なんとでも言え。恐いものは恐いのだ。高所恐怖症の人以外にはむき出しの生身のまま地上から離れる恐怖などわかるまい。
股のあたりからふわっと持ち上げられるような感覚になり、自分から奈落へ身を落としそうになったことが何度もある。
「わたしも、やめておこうかな...」
おずおずと手を低く上げながら新野さんが言った。
「わたしもこういうの、苦手だし...」
「新野も?」
不満顔の相原。不満の原因はふたりもブラックトルネードに乗らないと言ったことか、それとも...
「まあまあ、あたしたちだけで乗ればいいじゃん。ほら、行こ」
三枝さんが相原をなだめるようにしてブラックトルネードのほうへと誘導していった。
「...」
「...」
「さて、どうしよっか」
「どうしよっか」
残されたぼくたちふたりはしばらくブラックトルネードに向かって歩いていくふたりを眺めていたが、ふたりの姿が見えなくなるとやることがなくなってしまった。
それにしても新野さんまでジェットコースターが苦手だとは思わなかった。なんとなくこういうのは女子のほうが好きなもんだと思っていたから意外だった。
ぼくの場合、いちおう密閉された空間であれば高いところでもなんとか耐えられる。しかしむき出しの生身のままとなると一気に恐怖値が上がる。
ジェットコースターしかり、フリーフォールしかり、バイキングしかり。遊園地のアトラクションなんてものはほとんどがむき出しで乗るようになっている。
高所恐怖症の人にとって遊園地というのはあまり楽しくないところなのかもしれない。
そういえばうちの親も高所恐怖症だったな。高所恐怖症って遺伝するんだろうか...
「ねえ、あれ...」
不意に新野さんが言う。
「あそこ、入ってみたいな」
新野さんの指差した先にはお化け屋敷があった。