ノスタルジック '00 (9) 《不穏》

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「...というわけで、ひとり誘ったよ」

新野さんを遊びに誘った日の夜、ぼくは相原にそのことを電話で伝えた。

相原からお互いの女友達を誘って4人で遊びに行こうという話を持ちかけられたときは、正直言ってめんどくさいことを頼まれたなと思った。

そもそもぼくは大人数で出かけるということが苦手だ。人数が多ければそれだけ誰かのペースに合わせなければいけないことが多くなるし、気を使って自分のペースを崩す必要も出てくるかもしれない。

だからぼくは彼女にこの話を断ってほしいと思っていた。しかし彼女は首を縦に振った。一緒に遊びに行ってもいいよと言った。

彼女と遊びに行けること自体は嬉しかった。でもそれはふたりきりだったらの話だ。今回は相原もいるし、相原の連れてくる女の子もいる。彼らにも気を使わなければいけないことを考えると気が重かった。

ただ、遊びに誘った際、なりゆきで彼女と連絡先を交換できたのは僥倖だった。

「なあ、榊が誘った女の子って、かわいい?」

相原の女好きは中学のときから有名だった。クラスメイトの女子はもちろんのこと、部活の先輩や後輩、果ては教育実習に来た若い女の先生にまで言い寄ったことがあるという噂まであった。

「かわいいっていうか、中学のとき一緒だった新野さんだよ」

「新野? 新野ってあの眼鏡かけたちょっと地味な子?」

ぼくが誘った新野さんは中学のときからの同級生だから、同じく同級生だった相原も彼女のことを知っていて当然だった。

「ふーん。ま、いっか」

どういう意味の「ま、いっか」なんだか。

「そうそう、遊びに行く日は夏休み最初の日だからな。時間とか細かいことは決まったらまた連絡する」

相原はそれだけ言うとさっさと電話を切ってしまった。もしぼくや新野さんがその日の都合がつかないと言ったらどうするつもりなのか...

新野さんに日にちを伝えないといけないけど、電話は緊張するからメールにしておこう...

翌日、相原から連絡があり、集合時間と集合場所を伝えられた。行き先は当日のお楽しみだと言っていた。

 

数日後――

一学期の終業式が終わり、夏休み最初の日がやってきた。この日はみんなと遊びに行く日だ。

ぼくと新野さん、それに相原に誘われたという三枝という女の子の三人は、集合場所である駅の待合室で相原の到着を待っていた。

相原が指定してきた集合時間からすでに10分が過ぎていた。新野さんが時計を見ながらつぶやく。

「遅いね」

「あいつ、自分から誘っておいて...」

「ごめんね、待たせちゃって」

「あ、いや、三枝さんが謝ることじゃ...」

相原に誘われてやってきたというその女の子は三枝といった。相原を待っている間に三人はすでに自己紹介をすませていた。

その日は雲ひとつない快晴だった。絶好のお出かけ日和ではあったが、空調もない田舎の駅の待合室で待たされ続けているぼくたちにとっては、いささか陽気すぎる気候でもあった。

いい加減暑さに耐えかねて、近くの売店でアイスでも買ってこようかと提案しかけたとき、待合室の扉が勢いよく開かれた。

「ごめん、遅れた!」

約束の時間から15分が経った頃、ようやく相原が現れた。

「遅いぞ、相原」

「榊、久しぶりだな。それから、新野も久しぶり」

「う、うん。久しぶり...」

「ふたりとも紹介するよ、この子は...」

「三枝さんだろ。待ってる間に自己紹介はすませたよ」

「そ、そうか...」

相原は勉強も運動もできるくせに、昔から時間にだけはルーズなやつだった。それさえなければ完璧だという人もいたのに、そこは相変わらずのようだった。

「それでは、今日の行き先を発表する。...遊園地だ!」

沈黙。誰も反応しない。

「まあ、先に切符買っておくようにって言われてたしね...」

沈黙にたまりかねて三枝さんが言う。

三枝さんの言うように、遊園地がある駅までの切符を買っておくようにと言われた時点で大方の予想はついていた。

「じゃあ、行こっか」

そう言って三枝さんは駅のホームへと歩いていく。ぼくたち三人もその後に続いた。

「なあ、榊」

相原がにやけながら小声で話しかけてきた。

「新野ってさ、中学のときと比べて、なんか変わったよな」

新野さんが変わった? どんな風に?

ぼくは漂い始めた不穏な空気を敏感に感じていた。