ノスタルジック '00 (8) 《葛藤》

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梅雨がすっかりあけ、もうすぐ夏休みに入ろうかというある日、中学のときの友人から久しぶりに電話がかかってきた。

友人の相原は中学からの付き合いで、昔はよく遊んだ仲だった。

相原はぼくとは違い勉強も運動もできた。高校は偏差値の高いところへ進学したので、ここ最近は疎遠な状態が続いていた。

「よう、久しぶり。最近、学校の調子はどうだ?」

「相原の学校と違ってこっちはゆるいから楽だよ。家からも近いし」

「そうか、それはよかったな。あっちのほうはどうだ?」

「あっち?」

「女の子と仲良くなれたのかってこと」

ぼくの頭の中にひとりの女の子の姿が思い浮かぶ。週に一度、選択授業のときだけ会える、隣の席の女の子。

「...まあ、少しは」

「へぇ、やるじゃん。それなら話は早いな」

「...なんだよ」

なんとなく嫌な予感がした。

「おれと榊、それからお互いの女友達の4人でさ、どこか遊びに行かないか」

相原は勉強も運動もできるという以外に、女好きということでも有名だった。

断りたかったが、すでに仲のいい女の子がいると言ってしまった。あらかじめ言質をとるなんてずる賢いやつだ。

たまに会話をする程度の女の子の知り合いなら数人いる。しかしほとんどは一緒に遊びに行こうと誘えるほど仲がいいわけではない。

もし誘えるとしたら、ただひとりだけ。

「...聞くだけ聞いてみるけど、だめだったら諦めろよ」

「オッケー!」

安易に引き受けてしまったものの、ぼくは複雑な心境だった。

彼女と一緒に遊びに行けるチャンスが生まれたのはいいことだといえた。だがもし遊びに行くとなった場合、当然あの女好きの相原も一緒に行くことになる。

彼女が遠い存在となってしまわないか不安だった。

 

数日後――

選択授業が終わった後、新野さんに少し話があると言って時間を作ってもらった。

相原とは通っている学校が違うから、誰も誘わずに断られたことにしてしまってもおそらくばれないとは思う。しかし「聞くだけ聞いてみる」と言ってしまった以上、話だけでもせずにはいられなかった。

「ごめん、急に呼び止めて...」

「ううん、いいよ。それで、話って?」

彼女は教室の壁に寄りかかり、こちらを見上げている。

ぼくは彼女に相原から持ちかけられた話をかいつまんで説明した。

「...そういうわけだけど、気が乗らないなら断ってもいいから」

「でも、わたしが断ると榊くん、困るよね...」

彼女は考え込むように下を向いた。

いっそ断ってほしい。そうすれば彼女が遠い存在となってしまうことはない。ぼくは今のままの関係でも十分幸せだ。これ以上彼女と仲良くなろうなんて、おこがましい気がする。

断る理由なんてなんでもいい。ただ一言、「気が乗らないから」とさえ言ってくれればこの話は終わる。相原にも胸を張ってだめだったと言える。

刻一刻と進む時間。あまり長話していると次の授業に遅れてしまうかもしれない。

しばらくしてから彼女は口を開いた。

「うん、いいよ」

「え、ほんとに...?」

「うん。あ、連絡先交換しよ」

断られるものとばかり思っていたので意表を突かれた気分だった。

彼女と遊びに行けることになったのは嬉しかった。それがふたりきりだったらもっと良かったのだが。もっとも、ふたりで遊びに行こうと誘える勇気なんかないんだけど...