中学時代のぼくは、とにかく目立たない存在だった。
傍目から見て「話し掛けづらい」とか「何を考えてるかわからない」とか思われていただろうし、自分でもその自覚はあった。
できるだけ目立ちたくなかったから変化を恐れた。
それは「髪を切る」というだけのことでも同じだった。
髪を切った翌日、誰かに「髪切った?」と声をかけられるのが嫌だった。
自分に自信がなかったから、「髪を切った」という事実に気づかれて注目されるのが嫌だったのだ。
だからぼくはそのときまで髪を切ってくれていた親に「できるだけ変わらないようにして」などと無理難題な注文をしていつも親を困らせていた。
でも、心のどこかではこれじゃだめだとわかっていたし、こんな自分から変わりたいと願っていた。
中学を卒業し高校に上がる前、ぼくは初めて美容院に行った。
親に美容院に行きたいと伝えると、どこか嬉しそうな表情をして美容院代を手に握らせてくれた。
母の知り合いに美容院をやってる人がいるらしく、連絡はしておくからとにかく行ってきなさいと背中を叩かれた。
いま思えば、その母の知り合いがやっている美容院というのは、主な客層が妙齢の主婦という「なんちゃって美容院」だったのだが、当時のぼくは知るはずもなかった。
とにかくぼくはヘアカタログ片手に自転車で美容院に向かった。
実はもう注文する髪型に目星をつけていたのだ。事前にコンビニでヘアカタログを買って自分に似合いそうな髪型を見つけておいた。
しかしぼくは不安だった。
当たり前だがヘアカタログに載っているモデルたちはみんなかっこいい。自分なんかと比べるのもおこがましいくらいに輝いている。
そんなかっこいいモデルを指差して「こんな感じで...」などと言ってしまったら美容師に笑われるんじゃないか...
当然、そんなことで笑う美容師なんていないし、いたとしても人として最低なので気にする必要などない。
しかし当時はまだ中学を卒業したばかりの時分、しかも初めて美容院へ行くという状況では不安になるのもまた当然だった。
そうこうしているうちに美容院へ到着。恐る恐るドアを開けると、優しそうなおばさんが笑顔で出迎えてくれた。
言われるまま大きな鏡の前の椅子に座る。
「じゃあ、どうする?」
鏡越しにぼくの顔を見ながらおばさんが言った。
ぼくは持ってきたヘアカタログを取り出し、折り目のついたそのページを開き、恐る恐るひとりのモデルの写真を指差した。
おばさんはヘアカタログを手に取りしばらく写真を眺めた後、「了解!」と言った。
髪を切り始めたあたりから記憶がない。
美容院へ行こうと決めたときから緊張が高まりはじめ、髪型を伝えたところで緊張がピークを迎えてしまい、それ以降、ぼくの脳は記憶することを放棄した。
気づいたら終わっていた。
鏡の中には見違えたぼくがいた...ように思う。
正直、鏡を見るのが恐くて直視できなかった。
ただ、今までは髪を切った翌日、そのことを誰かに気づかれるのが嫌だったが、今は別に気づかれても構わない、いや、むしろ気づいてほしいとさえ思えた。
鏡の中の自分はやっぱり恥ずかしくてまともに見れなかったけど、ちょっとだけ自分に自信が持てた初めての日だった。