30代独身IT派遣の資産形成

新参フリーランスの資産形成

投資・キャリアアップで資産形成し30代でのセミリタイアを目指します。

ノスタルジック '00 (10) 《不敵》

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並んで歩くぼくと相原から少し離れたところを新野さんと三枝さんが歩いている。相原が前を歩く女子二人を見ながら僕にささやいてきた。

「新野ってさ、中学のときと比べて、なんか変わったよな」

「...変わったって、どんな風に?」

「うまく言えないけど、雰囲気が大人っぽくなった」

正直言ってぼくは中学のときの新野さんがどんな感じだったのか覚えていない。彼女に言われるまで同じ中学だったことに気づかなかったくらいだ。

だから相原に彼女がどんな風に変わったかを説明されてもピンとこなかった。

ただ、相原が彼女を褒めているということは間違いなさそうだった。

「変わったといえば、榊、おまえもだけどな」

「?」

「変えただろ、髪型」

「まあ...」

「色気づきやがって、好きな子でもできたか?」

もし相原に本当のことを話したら、今日一日、ぼくに協力してくれるだろうか。

さっきの発言からして、相原も新野さんのことをよく思いはじめているのは間違いない。いま正直に話してしまうと、逆に出し抜かれたりしないだろうか。

気がつくと前を歩いていた女子二人がこちらに向かって手を振っていた。

「おーい、電車に乗り遅れちゃうよ」

いまは誰にも言わないでおこう。ぼくはそう決めると、急いで電車に乗り込んだ。 

 

電車に乗り込んだぼくたちは、乗降口付近のスペースで円になって立ちながら話をしていた。

田舎の電車とはいえ、夏休み初日ということもあり家族連れやぼくたちのような友達同士と思われる集団がたくさんいて、車内はそれなりに混んでいた。

「それにしても、相原の遅刻癖は相変わらずだな」

「まだ言うか、おまえ..」

「ふたりとも仲良しだね。新野ちゃんも同じ中学だったらしいし、なんかあたしだけ仲間はずれの気分...」

三枝さんがすねたように言う。表情からして本気ですねているわけではなさそうだ。

「ねえ新野ちゃん。このふたりの昔の話、聞かせて」

「あ、でも、わたしはふたりとはそんなに仲良くなかったし、それに...」

新野さんが困ったような顔をしてぼくのほうをちらっと見る。

ぼくは彼女の言わんとしていることを引き継いだ。

「...その、ぼくは最初、新野さんと同じ中学だったってことに気づかなくて...」

「おまえそれ、ひどすぎ」

真顔の相原に窘められた。この件に関しては全面的にぼくが悪いので何も言い返せない。

「まあまあ、いまこうして一緒にいるってことは、新野ちゃんも許したってことでしょ。せっかくみんなで遊びに来てるんだし、もっと明るい話題にしよ」

三枝さんの言葉でよどみかけていた場の空気が一変したようだった。

この三枝という女の子は、いわゆるムードメーカーのようだった。彼女が持つ雰囲気でその場の空気を明るいものにしてしまう。それに相原が声をかけただけあってなかなかの美人でもあった。

彼女は髪や化粧に手を入れていたり、細かいアクセサリーなどにも気を使っているようだった。この見た目と明るい内面ならば、異性から相当もてるんじゃないかと思われた。

「...榊くん、だっけ。あたしの顔になにかついてる?」

三枝さんがぼくに詰め寄ってくる。まじまじと彼女を見ていたことに気づかれてしまった。

新野さんと相原はふたりでなにか話し込んでいるようで、こちらの話は聞こえていないようだった。

「ひょっとして、あたしのこと好きになっちゃった?」

「いや...」

「そんなわけないよね、意中の人は他にいるみたいだし」

三枝さんはぼくの返答など必要としていないかのように話し続ける。

「昔からわかっちゃうんだよね、そういうこと。その人の言葉とか態度とか、この人はどういうタイプの人を好きになりそうだとか、そういうのでわかるんだ。相原くんが新野ちゃんのことをよく思ってるのもわかってる」

相原のことはぼくも想像でしかないけど、彼女の言っていることは当たっているように思えた。

三枝さんの独白は続く。

「中学のときはあんまり接点がなかったそうだから、さっき駅の待合室で新野ちゃんと再会したときにひと目で気に入ったのかもね。たしかに新野ちゃんって同性のあたしから見てもかわいらしいし。...ねえ、気にならない?」

「...?」

「新野ちゃんの気持ち」

ノスタルジック '00 (9) 《不穏》

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「...というわけで、ひとり誘ったよ」

新野さんを遊びに誘った日の夜、ぼくは相原にそのことを電話で伝えた。

相原からお互いの女友達を誘って4人で遊びに行こうという話を持ちかけられたときは、正直言ってめんどくさいことを頼まれたなと思った。

そもそもぼくは大人数で出かけるということが苦手だ。人数が多ければそれだけ誰かのペースに合わせなければいけないことが多くなるし、気を使って自分のペースを崩す必要も出てくるかもしれない。

だからぼくは彼女にこの話を断ってほしいと思っていた。しかし彼女は首を縦に振った。一緒に遊びに行ってもいいよと言った。

彼女と遊びに行けること自体は嬉しかった。でもそれはふたりきりだったらの話だ。今回は相原もいるし、相原の連れてくる女の子もいる。彼らにも気を使わなければいけないことを考えると気が重かった。

ただ、遊びに誘った際、なりゆきで彼女と連絡先を交換できたのは僥倖だった。

「なあ、榊が誘った女の子って、かわいい?」

相原の女好きは中学のときから有名だった。クラスメイトの女子はもちろんのこと、部活の先輩や後輩、果ては教育実習に来た若い女の先生にまで言い寄ったことがあるという噂まであった。

「かわいいっていうか、中学のとき一緒だった新野さんだよ」

「新野? 新野ってあの眼鏡かけたちょっと地味な子?」

ぼくが誘った新野さんは中学のときからの同級生だから、同じく同級生だった相原も彼女のことを知っていて当然だった。

「ふーん。ま、いっか」

どういう意味の「ま、いっか」なんだか。

「そうそう、遊びに行く日は夏休み最初の日だからな。時間とか細かいことは決まったらまた連絡する」

相原はそれだけ言うとさっさと電話を切ってしまった。もしぼくや新野さんがその日の都合がつかないと言ったらどうするつもりなのか...

新野さんに日にちを伝えないといけないけど、電話は緊張するからメールにしておこう...

翌日、相原から連絡があり、集合時間と集合場所を伝えられた。行き先は当日のお楽しみだと言っていた。

 

数日後――

一学期の終業式が終わり、夏休み最初の日がやってきた。この日はみんなと遊びに行く日だ。

ぼくと新野さん、それに相原に誘われたという三枝という女の子の三人は、集合場所である駅の待合室で相原の到着を待っていた。

相原が指定してきた集合時間からすでに10分が過ぎていた。新野さんが時計を見ながらつぶやく。

「遅いね」

「あいつ、自分から誘っておいて...」

「ごめんね、待たせちゃって」

「あ、いや、三枝さんが謝ることじゃ...」

相原に誘われてやってきたというその女の子は三枝といった。相原を待っている間に三人はすでに自己紹介をすませていた。

その日は雲ひとつない快晴だった。絶好のお出かけ日和ではあったが、空調もない田舎の駅の待合室で待たされ続けているぼくたちにとっては、いささか陽気すぎる気候でもあった。

いい加減暑さに耐えかねて、近くの売店でアイスでも買ってこようかと提案しかけたとき、待合室の扉が勢いよく開かれた。

「ごめん、遅れた!」

約束の時間から15分が経った頃、ようやく相原が現れた。

「遅いぞ、相原」

「榊、久しぶりだな。それから、新野も久しぶり」

「う、うん。久しぶり...」

「ふたりとも紹介するよ、この子は...」

「三枝さんだろ。待ってる間に自己紹介はすませたよ」

「そ、そうか...」

相原は勉強も運動もできるくせに、昔から時間にだけはルーズなやつだった。それさえなければ完璧だという人もいたのに、そこは相変わらずのようだった。

「それでは、今日の行き先を発表する。...遊園地だ!」

沈黙。誰も反応しない。

「まあ、先に切符買っておくようにって言われてたしね...」

沈黙にたまりかねて三枝さんが言う。

三枝さんの言うように、遊園地がある駅までの切符を買っておくようにと言われた時点で大方の予想はついていた。

「じゃあ、行こっか」

そう言って三枝さんは駅のホームへと歩いていく。ぼくたち三人もその後に続いた。

「なあ、榊」

相原がにやけながら小声で話しかけてきた。

「新野ってさ、中学のときと比べて、なんか変わったよな」

新野さんが変わった? どんな風に?

ぼくは漂い始めた不穏な空気を敏感に感じていた。

ノスタルジック '00 (8) 《葛藤》

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梅雨がすっかりあけ、もうすぐ夏休みに入ろうかというある日、中学のときの友人から久しぶりに電話がかかってきた。

友人の相原は中学からの付き合いで、昔はよく遊んだ仲だった。

相原はぼくとは違い勉強も運動もできた。高校は偏差値の高いところへ進学したので、ここ最近は疎遠な状態が続いていた。

「よう、久しぶり。最近、学校の調子はどうだ?」

「相原の学校と違ってこっちはゆるいから楽だよ。家からも近いし」

「そうか、それはよかったな。あっちのほうはどうだ?」

「あっち?」

「女の子と仲良くなれたのかってこと」

ぼくの頭の中にひとりの女の子の姿が思い浮かぶ。週に一度、選択授業のときだけ会える、隣の席の女の子。

「...まあ、少しは」

「へぇ、やるじゃん。それなら話は早いな」

「...なんだよ」

なんとなく嫌な予感がした。

「おれと榊、それからお互いの女友達の4人でさ、どこか遊びに行かないか」

相原は勉強も運動もできるという以外に、女好きということでも有名だった。

断りたかったが、すでに仲のいい女の子がいると言ってしまった。あらかじめ言質をとるなんてずる賢いやつだ。

たまに会話をする程度の女の子の知り合いなら数人いる。しかしほとんどは一緒に遊びに行こうと誘えるほど仲がいいわけではない。

もし誘えるとしたら、ただひとりだけ。

「...聞くだけ聞いてみるけど、だめだったら諦めろよ」

「オッケー!」

安易に引き受けてしまったものの、ぼくは複雑な心境だった。

彼女と一緒に遊びに行けるチャンスが生まれたのはいいことだといえた。だがもし遊びに行くとなった場合、当然あの女好きの相原も一緒に行くことになる。

彼女が遠い存在となってしまわないか不安だった。

 

数日後――

選択授業が終わった後、新野さんに少し話があると言って時間を作ってもらった。

相原とは通っている学校が違うから、誰も誘わずに断られたことにしてしまってもおそらくばれないとは思う。しかし「聞くだけ聞いてみる」と言ってしまった以上、話だけでもせずにはいられなかった。

「ごめん、急に呼び止めて...」

「ううん、いいよ。それで、話って?」

彼女は教室の壁に寄りかかり、こちらを見上げている。

ぼくは彼女に相原から持ちかけられた話をかいつまんで説明した。

「...そういうわけだけど、気が乗らないなら断ってもいいから」

「でも、わたしが断ると榊くん、困るよね...」

彼女は考え込むように下を向いた。

いっそ断ってほしい。そうすれば彼女が遠い存在となってしまうことはない。ぼくは今のままの関係でも十分幸せだ。これ以上彼女と仲良くなろうなんて、おこがましい気がする。

断る理由なんてなんでもいい。ただ一言、「気が乗らないから」とさえ言ってくれればこの話は終わる。相原にも胸を張ってだめだったと言える。

刻一刻と進む時間。あまり長話していると次の授業に遅れてしまうかもしれない。

しばらくしてから彼女は口を開いた。

「うん、いいよ」

「え、ほんとに...?」

「うん。あ、連絡先交換しよ」

断られるものとばかり思っていたので意表を突かれた気分だった。

彼女と遊びに行けることになったのは嬉しかった。それがふたりきりだったらもっと良かったのだが。もっとも、ふたりで遊びに行こうと誘える勇気なんかないんだけど...

ノスタルジック '00 (7) 《羽化》

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この前の選択授業が終わった後に彼女とした会話が頭から離れないでいた。

もし彼女が書いた感想がなんの変哲もない内容だったら、わざわざ呼び止めてまであんな質問をしてきただろうか。

――ねえ、わたしの質問読んだ?

どの感想にも彼女の名前は書いてなかった。

ということは、彼女にだってぼくがどの感想のことをいっているのかわからないことくらい、わかっていたはずだ。

なのにあんな質問をしてきたということは...

感想さえ見ればわかるはずだと、伝えたかった...?

「はい、お菓子あげる」

隣の席に座っている新野さんが、個包装された小さなお菓子をぼくに差し出していた。

女子はいつも学校にお菓子を持ってきていて、授業の合間に食べているイメージがある。持ってきたお菓子はひとりで食べるわけではなく、仲のいい友達にあげたり交換したりしていることが多いようだった。

ぼくは学校にお菓子を持ってきてなかったから、いつも誰かにもらってばかりいた。

「お菓子ばっか食べてると太るよ」

「あ、言ったなー!」

彼女は怒ってぼくを叩くふりをした。

 

その日の放課後、生徒玄関で帰ろうとしている新野さんを見かけた。普段はこの時間に彼女を見かけることなんてなかったから、珍しいなと思った。

ぼくは彼女に声をかけた。

「今帰り?」

「うん、今日は部活が中止になったから」

ぼくは帰宅部なので授業が終わったらさっさと帰ってしまう。

彼女は授業が終わったら部活へ行くので、普段は見かけることがなかったのだ。

「何部だっけ?」

「言ってなかったっけ? 吹奏楽部」

この前彼女とした廊下での会話。あれ以来、彼女とそのことについて話すことはなかった。ぼくから切り出すのはなんとなく気が引けたし、彼女のほうからも何も言ってこなかったから。

でも、僕はどうしても聞きたかった。

「よかったらさ、一緒に帰らない?」

彼女の家がどこにあるかはわからない。でも中学は一緒だったんだから、方向くらいは一緒だろうと思った。

帰りの道中で、あの言葉の意味について聞きたかった。

「うん、いいよ」

 

歩いて学校に来ている彼女に合わせて、ぼくは自転車を押しながら彼女の横を歩いていた。

予想通りぼくの家と彼女の家の方角は一緒だったので、途中で分かれるまで一緒に帰ろうということになった。

彼女は自転車なら20分くらいの道のりを、片道一時間もかけて毎日歩いて通っているらしい。

体力のないぼくからしたら苦行以外の何物でもない。部活で遅くなるときもあるだろうし、暗い夜道の中歩いて帰って大丈夫だろうかと心配になった。

「そういえば榊くん、最初わたしのこと忘れてたよね」

「あれは...」

忘れてたというか、はじめから記憶になかったといったほうが正しい。そっちのほうがひどいからあえて訂正はしないでおくが...

「...榊くんってさ、中学のときと比べて、なんか変わったよね」

「え、そう?」

「うん、かっこよくなった」

中学の卒業式の後、初めて行った美容院。ぼくはそこで少し自分に自信が持てた。

周りから見たらちっぽけなことだったかもしれない。でもこうやって気づいてくれる人がいてくれる。それが嬉しかった。

気づいたらぼくの家と彼女の家の分岐点があるところの近くまで来ていた。

ぼくはあのことについて話を切り出した。

「この前、廊下でした話の続きなんだけど...」

「うん?」

「感想に名前書いてなかったから、誰がなんて書いたのかわからなかったんだよね」

「...うん」

「新野さん、なんて書いてくれたの?」

「...」

彼女は何かを考えているのか、何も答えずにうつむきながらトボトボと歩いていた。

まずいことを聞いてしまっただろうか。彼女のほうから何も言ってきてなかったということは、彼女としてはあれ以上聞いてきてほしくないことだったのかもしれない。

僕は彼女にかけるべき言葉を見つけられないでいた。

「...ねえ、後ろに乗せて」

唐突に彼女が言った。なんの脈絡もない言葉だったので、ぼくは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

「この先、下り坂になってるでしょ。わたしを自転車の後ろに乗せて、滑り降りてよ」

彼女はそう言うと、ぼくの返答を待たずに自転車の後ろに乗ろうとした。

「ちょっと...」

「いけー!」

彼女の細い腕がぼくの腰をぎゅっと掴む。あたたかく柔らかな感触に、なんとも言えない気持ちになった。

夏の足音がもうすぐそこまで聞こえてきそうな暑い日。ふたりが密着しているところに汗が流れ落ちた。

たった数秒の彼女との二人乗り。着いたところは下り坂の終点。そこはぼくの家と彼女の家の分岐点だった。

「じゃあね」

彼女は軽やかに自転車の後ろから飛び降りると、小さく手を振った。そして自分の家の方角へと走っていってしまった。

走り去る彼女。残されたぼく。

そのときぼくは、走り去る彼女の後ろ姿を見ながら、芽生えつつあるひとつの感情を自覚しようとしていた。

ノスタルジック '00 (6) 《繭》

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――せっかくかっこいいんだから、もっと前を見て発表したほうがいいと思う。

前の席の男子が勝手に持っていった何枚かのポストイット。その中の一枚にそう書かれていた。

ポストイットにはさきほどぼくが行った作文発表についての感想が書かれているはずだった。

先生は「感想は無記名でいい」と言った。

ほとんどの感想がそうであるように、その妙な感想にも名前は書かれていなかった。

名前は書かれていなかったものの、普通に考えて書いたのは女子であるように思われた。

絶対に男子ではないと言い切ることはできないが、とりあえずその可能性は考えないことにした。というより、考えたくなかった。

いったい誰が書いたんだろう。

ポストイットの感想は、書いてくれた本人がぼくのところまで持ってきてくれた。

当然、あの妙な感想を書いた本人もぼくのところへ来て感想を置いていったはずだが、ぼくはその瞬間を見ていない。

感想は見ないつもりでいたから、誰がどの感想を置いていったかなんていう細かいところまで見ているはずがなかった。

考えたところでわかるわけないか。

いつしかぼくは「誰が書いたか」ではなく「誰が書いたとしたら嬉しいか」を考えていた。

誰が書いたとしたら、嬉しいか...

ぼくは反射的に窓際のほうを見ようとしたが、やめた。

なんとなく見るのがためらわれた。なぜそう感じたのかはわからない。

窓際の隣の席には新野という女の子が座っている。

彼女は中学のときの同級生で、選択授業を受けるようになってからときどき話すようになった。

彼女と話すのは選択授業が始まる前と終わった後のわずかな時間だけ。

選択授業以外では彼女を校内で見かけることはほとんどなかった。ぼくとは生活圏が違うのかもしれない。

週に一度、選択授業のときだけ会う女の子。ぼくの数少ない女友達のひとりだった。

 

選択授業が終わるとほとんどの生徒はぞろぞろと教室を出ていく。

選択授業は普段の授業を受けているところとは違う教室で行われることが多いので、選択授業が終わればみんな元の教室に戻る必要がある。

元の教室と選択授業の教室が同じという運のいい人がいる一方で、教室同士が校舎の端から端という運の悪い人もいる。

運の悪い人は急いで移動しないと次の授業に遅れてしまうかもしれないから必死だ。

ぼくはそれほど遠い教室というわけではなかったが、移動しなければならないのは一緒だったので、荷物をまとめて席を立った。

窓際の席を見てみる。

ついさっきまでその席に座っていた女の子はすでにいなかった。

そういえば彼女の普段の教室ってどこだっけな。今度聞いてみよう。

そんな事を考えながらぼくは教室を出た。

「ねえ、わたしの感想読んだ?」

教室を出たところで不意に後ろから声をかけられた。

振り返ると、隣の席の新野という女の子が教室の壁にもたれかかってこっちを見ていた。

気づいたときには席にいなかったから、さっさと元の教室に戻っていったんだと思っていた。

「え、なんで?」

「読んでないの?」

「名前書いてなかったからわからないよ。新野さん、なんて書いたの?」

「教えなーい」

そう言うと彼女はそそくさと走っていってしまった。

なんであんなことを突然聞いてきたんだろう。

ひょっとしてあの妙な感想を書いたのは彼女で、それを読んだぼくの反応が知りたくて聞いてきたのか...?

いつの間にか予鈴のチャイムが鳴っていたようで、廊下にはぼく以外誰もいなくなっていた。

「やばい、遅れる!」

ぼくは急いで元の教室へと向かった。

ノスタルジック '00 (5) 《妙》

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週に一度の選択授業では、普段のクラスメイトとは違うメンツで授業を受ける。

ぼくの選択した選択授業には見知った顔がなく、またイチから人間関係を築かなければいけないのかと考えていた。

しかし、それは杞憂だった。

ぼくの席は窓際から数えて二列目、真ん中あたりの席。その隣、窓際の席に座っている新野という名前の女の子から声をかけてもらい、偶然仲良くなることができたからだ。

彼女は中学のときの同級生で、それがきっかけで話すようになった。

中学のときは彼女と接点がまったくといっていいほどなく、正直なところ、僕は彼女に言われるまで同級生であることに気づいていなかった。

失礼極まりないぼくに彼女は最初怒っていたが、最終的には許してくれたようだった。

 

ある日の選択授業で宿題が出された。

宿題内容は作文。それくらいならいい。作文だけなら時間をかければなんとか書けそうだったから。

問題は、書いた作文をみんなの前で発表しなければいけない、ということだった。

壇上に上がり衆目を浴びながら自分の書いた作文を朗読する...

考えただけで恐ろしい。ぼくは人前で何かをするということが大の苦手だった。

いっそ先生が病欠か何かで授業が中止になってくれないかな。

仮に授業が中止になったところで作文発表は次週以降に持ち越されるだけだっただろうに、そんなことにすら考えが及ばず無意味なことを願っていた。

当たり前だが願いは叶うことなく、作文発表の日、定刻通りに先生はやってきた。

「みんな、作文は書いてきたか?」

作文を書いてなかったり持ってきてなかったりすれば、もしかしたら発表を回避できたかもしれない。

しかし今となっては後の祭り。作文はちゃんと書いてあったし、持ってきていた。

みんなの前で作文を発表するというだけでも嫌だというのに、先生はさらにとんでもないことを言い出した。

「今から配る紙に発表した人への感想を書くこと。感想は無記名でいい」

そう言いながら先生はポストイットのような小さな紙を生徒たちに配り始めた。

悪口を書かれたらどうしよう...

何かとネガティブに物事を考えてしまう悪い癖がぼくにはあった。この悪癖があったからこそ、目立ちたくないという思いが生まれたともいえた。

そうだ、感想なんて見なければいい。

ポストイットにどんなことが書かれていようと、見なければぼくが内容を知ることはない。

その考えに至ると、それまでの緊張が嘘のようになくなった。

ぼくの発表が終わるとみんなが一斉に感想を書き始める。中には発表中に書き始めるせっかちな者もいたが。

全員が書き終えたタイミングで先生が合図をし、みんながぼくのところへ感想を書いたポストイットを持ってきてくれた。

割とたくさんあった。中には二枚、三枚と感想を書いてくれた人もいるようだった。

しかしぼくは見ない。何が書かれているかわからない以上、自分が傷つかないためにも見ないと決めたのだ。

「なあ、なんて書いてあった?」

ぼくの前の席の男子が体を捻ってぼくのほうを向いていた。こいつとは席が近いこともあって、選択授業のときはそれなりに話す仲になっていた。

「なんてって、まだ読んでないよ」

「なんで、読まないの?」

そう言いながら前の席の男子はぼくの机に置かれた、感想が書かれたポストイットに手を伸ばした。

「おれが読んでやる」

慌てて止めようとしたが遅かった。何枚か取られてしまった。

「...読んだら返せよ」

「なんだこれ?」

見せられたポストイットにはこう書かれていた。

――せっかくかっこいいんだから、もっと前を見て発表したほうがいいと思う。

ノスタルジック '00 (4) 《出会い、改め、再会》

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初めての選択授業の日、隣の席の女の子からいきなり挨拶をされた。

そのことに驚いたぼくは、まともに挨拶を返すことができなかった。

それでも一応の反応はしたつもりだった。

二度目の選択授業の日、女の子は二度目の挨拶をぼくにしてくれた。このとき、最初の挨拶でぼくが無視したと彼女に思われていることを知った。

彼女にしてみれば一度無視されたにもかかわらず、二度目の挨拶をしてくれたのだ。ありがたい以上に、申し訳なかった。

ぼくが謝ると、女の子は「うん...」と曖昧にうなずいた。

ところで、なんで彼女はぼくなんかに挨拶をしてくれたんだろう。

隣の席に誰かが座ったからしただけだったんだろうか。

しかし、ぼくには高校一年生の男女同士が普通に挨拶し合うということが逆に不自然なもののように感じられたのだ。

ぼくは思い切って彼女に聞いてみることにした。

「...榊くん、わたしのこと覚えてないの?」

「え...?」

「中学のとき一緒だった新野」

彼女は自分のことを指差しながらそう言った。

そういえば中学の同級生に新野という女子はいた気がする。しかし3年間同じクラスになったことはなかったし、部活も違ってたので接点なんかほとんどなかったから気づかなかった...

それに彼女は...

こう言うと失礼かもしれないが、目立たないタイプというか、もっと率直に言うと地味な女子という感じだったから。

ぼくも目立たないタイプだったから、接点のない人からは覚えられてないのが普通だと思っていた。

だからこそ彼女がぼくのことを知っていたことに驚いた。

はっとして彼女のほうを見る。彼女は引きつった顔でこっちを見ていた。

「ご、ごめん...」

「...もういいよ。でも、次からは挨拶くらい返してね」

彼女にしてみれば、見知った顔のない教室でひとりいるときに、同じ中学の同級生が隣に座ってくれたから嬉々として挨拶したはいいものの、一度目は無視され、二度目にようやく返ってきたかと思えば自分のことを忘れていたのだからたまったものではない。

すべてにおいてぼくが悪い。はっきり言って出会いは最悪だった。

思えば彼女との上下関係はこのときすでに決定してしまっていたのかもしれない。