公園で読書

前々から行きたいと思っていた近所の割と大きな公園に行った。

この公園は私が緊急入院しなければ彼女とお花見をしに行く予定だったところで、退院した後も出不精の私はなんだかんだと理由をつけて行かないでいた。

さすがにもう桜は散っているだろうし、天気もあまり良くなかったがせっかくなので重い腰を上げて行ってきた。

自転車のスマホホルダーに経路案内を表示させたスマホをセット。自転車だと10分弱くらい。

方向音痴なので少し迷っているうちに天候がどんどん悪くなっていき、到着間際についに雨が降り出した。

公園の入口近くにちょうど東屋があったので急いで軒下に自転車を停め椅子に腰掛ける。

公園に来るまでに急坂を登ってきたこともありしっとりと汗をかいている。

最初は涼しく感じていた風も束の間、一瞬で身体を凍えさせる風に変わる。

鞄の中から一冊の本を取り出す。先般、入院していたときに暇潰しのために買った投資関連の本だ。

本当は入院中に読むつもりでいたが、思いの外早くに退院となり今まで積読本となっていた。

雨雲で太陽は隠れており冷たい風が身体を凍えさせる厳しい環境だったが、外で本を読むのが今回の目的だったのでとりあえずページを繰った。

読み始めると没入できあっという間に一章を読み終えた。

一応は目標達成できたことにして早々に帰宅した。

次はもっと天気の良い日に来ようと思った。

歯科検診

以前の記事の通り歯医者で歯科検診を受けてきた。

歯医者に行くこと自体だいぶ久しぶりで、院内に入った瞬間、歯医者特有の匂いがして少したじろいだ。

まずレントゲンを撮られ歯の状態を見られた。

歯茎も下がっていないし虫歯の黒ずみも見られないので特に問題ないと言われた。

右下の奥に親知らずがあり、そこに食べかすが溜まりやすいため、今は大丈夫だが今後問題が起きたら親知らずを抜くことも検討しましょうとも言われた。

先の尖った道具を歯と歯茎の間に突っ込まれ歯茎の状態を確かめる検査がチクチクして痛かった。

全体的にきれいで歯槽膿漏歯周病も知覚過敏もなく、よく磨けていると褒められた。

今後も同じように磨いてもらえれば問題ないと言われた。

糸ようじやフロスもやっているのかと聞かれたので歯ブラシだけだと答えると驚かれた。

ただし歯ブラシだけでは落ちない歯の隙間に歯石が溜まっていたのできれいにしてもらった。

十年近く歯医者に行っていなかったため歯石もだいぶ固くなっていたようでガリガリと削ってもらった。

施術後に鏡で見るとかなりきれいになっていた。

次は三ヶ月後くらいにまた来てくださいと言われたが、また来年くらいでいいかなと思っている。

帰りにダイソーに寄ってこの歯ブラシを買った。

微細・歯ブラシ(やわらかめ)jpbulk.daisonet.com

極細の毛が2万本も植えてある歯ブラシで、SNSで話題となって売り切れ続出中らしい。

私はSNSを見ないのでホントかどうか知らないが、確かに私の行った店舗では残り少なくなっていてもうすぐで売り切れで買えなくなるところだった。

歯ブラシは固めだと歯のエナメル質まで削ってしまうのでふつう〜やわらかめがいいらしい。

この歯ブラシだと歯を傷つけることなく優しく磨くことができ、しかもしっかり汚れを取ってくれそうで期待している。

健康第一

私は個人事業主なので会社員と違って自分で健康診断を予約して行う必要がある。

今年の2月に引っ越しして今の自治体に住み始めたわけだが、調べてみると今の自治体で行っている健康診断は40歳以上が対象らしく、現在37歳の私は対象外だった。

40歳以上ならば無料で健康診断が受けられるが、それ未満だと決して安くないお金を払う必要がある。

何が何でも健康診断を受けなければいけないというわけではないので、今の自治体に住んでいる間は健康診断を受けなくていいかなと思っている。

つい先日入院したばかりなので健康に対する関心はより一層高まったばかりだが無料じゃないと受ける気にならない。

去年までは毎年健康診断を受けていたにもかかわらず入院は避けられなかったわけだし、健康診断を受けたからと言って病気にならないわけではない。

病気が早期発見できる可能性が多少あるだけで、私はまだ若いほうなのでそこまでビクビクする必要もないだろう。

それとは別に歯科検診はしておこうかなと思っている。

今まで歯科検診なんかしたことないが、定期的にしたほうがいいという話はよく聞く。

毎日の歯磨きはちゃんとしている(たまにサボるが)が、糸ようじとかフロスとかモンダミンとかはしたことない。

きっと歯ブラシじゃ落ちない汚れや歯石が溜まっている。

歯石取りは針で歯と歯茎の間をほじくられるのが痛いので正直あまりやりたくないが歯槽膿漏になっても困るので意を決してやってもらう。

退院した日の翌々日から筋トレを再開した。

入院中は当然筋トレなんてできないしプロテインも飲めない、食事も流動食中心だったのでタンパク質が不足していた。

体に栄養が足りていないと筋肉を分解してエネルギーに変えるためただでさえ少なかった筋肉がなくなってしまった。

入院する前に使っていたダンベルの重さだとまともに持ち上げることができなかったのでもう少し軽い重量からやり直すことにした。

筋トレをしないと落ち着かなくなっているので、出かけて夜遅くに帰ってきた日も筋トレとプロテイン摂取は必ずするようにしている。

本当は適度に休息を取ったほうがいいらしいが、特に筋肉痛にもなってないし、所詮家トレなのでそこまで負荷が高いわけでもない。

たまに負荷をかけすぎて筋トレ後に筋が痛くなるときがある。

明らかにやり過ぎだしフォームとかも正しくないんだろう。

そうなったらさすがに翌日は筋トレを休むようにしている。

入院期間を除けば筋トレを始めてまだ一ヶ月程度。道具(ダンベル)を使い始めて二週間くらいしか経ってない。

まだまだ見た目が引き締まっているという感じじゃない。

早く目に見える成果を感じたい。

映画『変な家』を観た

ここ最近、関東では雨か曇り続きだったが昨日は午後から久しぶりに晴れ間が覗いて気持ちのいい天気になった。

彼女が映画『変な家』が観たいと言うのでネットで座席予約をして見に行ってきた。

少し早めに家を出て近所に咲いている桜を見ながら駅に向かった。

家の近くには川が流れており堤防沿いに桜並木が伸びているのを期待したが、並木と言うには程遠く片手で数えられるほどの桜しか咲いていなかった。

テレビによるとちょうどこの日が満開日だったようで、わずかながらでも満開の桜を見ることができて良かった。

私は雨穴が好きで動画は全部見ているし小説は『変な家』『変な家2』『変な絵』すべて読んでいる。

前情報で映画の『変な家』はつまらないと聞いていたし、邦画にまったく期待していないので自分一人だったら観ていなかった。

ミーハーの彼女が観たいと言うので付き合いで観に行っただけ。

結論から言うと前評判通りの出来という感じ。原作ファンからしたら観る価値はまったくない。

そもそも私が邦画嫌いなのは、日本人の演技がすべて幼稚に感じるから。

これは私が日本人だからそう感じるだけなのかもしれないが、どうしても洋画に比べてすべて演技が嘘っぽく感じる。

俳優のいかにも「演技してますよ〜」「上手でしょ〜」「かっこいい・かわいい自分を見て〜」という意識が伝わってきて薄ら寒い。

そのとき人気のあるイケメン俳優・美人女優を起用しているだけなので演技の優劣や役にハマっているかは関係ない。

イケメン俳優のかっこいい顔、美人女優のきれいな顔を写したい意識が先行して、顔に泥や血などの汚れを極力つけないようにしているから作品としてのリアリティが蔑ろにされている。

まぁこんなことは今に始まったことじゃないのでどうでもいい、嫌なら観なければいいだけの話。

今回さらに最悪だったのは、斜め後方に座っていた女がびっくり要素があるたびに「キャァ!」だの「ヒィ!」だの悲鳴を上げていて非常に気が散ったこと。

「ホラーが苦手な私かわいいでしょ」アピールのためにいちいち悲鳴を上げていたんだろう。

映画を観るだけなのにいちいち自己アピールをしなければ気が済まない女。

映画のびっくり表現よりも女の悲鳴でビクッとなってめちゃくちゃイライラした。

あと周りの人たちのポップコーンをむさぼり食う音もうるさかった。咀嚼するときくらい口を閉じろ。

映画の後はレストランで夕飯を食べて駅周辺をブラブラ散策して家に帰った。

自宅から片道30分もかからずに映画を観れることがわかったので、今度から映画はレイトショーで観ようと思った。

大好きな彼女

今回の緊急入院を経験して一番実感したのは、私は素晴らしい彼女に恵まれて本当に幸せだということ。

もし私が未だに独り身だったら一体誰が荷物を届けてくれたり心の支えになってくれたのだろう。

歯ブラシや洗剤は病院内のコンビニで買えるので問題ないにしても、自宅にあるパソコンや積読本、ゲームを届けてくれる人はいない。

彼女がそれらを届けてくれたおかげで入院生活で暇を持て余すことはなかったし、毎日LINEでやり取りしていたので寂しくもなかった。

よく独身男性の平均寿命が短い理由として、病気になった際に気づいてくれる人がいないというものがある。

仮に自分で病気に気づけて治療することができたとしても、誰にも心配されず誰も訪ねてきてくれない入院生活ほど味気ないものはない。

私と違って友達の多い彼女を独占したいという気持ちが強くあり、それが彼女に対する唯一の不満だが、それ以上のものを与えてもらっているので我慢しなければならない。

正直言って彼女を好きになったきっかけは見た目がタイプだったから。男なんてみんなそうだと思う。

私の好みは世間一般と少しずれているので、なかなか見た目がタイプという人には出会えない。

彼女をひと目見た瞬間好きだと思ったし、今でもその気持ちは変わっていない。

付き合い始めて一緒にいる時間が増えるにつれ、彼女は性格的にも素晴らしい人だということがわかって、改めて惚れ直すことになった。

執着的で嫉妬心の強い私なんかと付き合ってくれ、今では同棲までしてくれて感謝の一言。

なんとしても今の彼女と結婚する。

入院生活②

五日目

朝早くに医者が訪ねてきて昨日行ったレントゲン撮影の確認結果を報告された。

それによると順調に回復してきているということで、毎日排便もできているようなので鼻の管は抜去して、今日から少しずつ経口での食事も摂っていくと。

私は一般人の日常を流すVlog動画が好きでよく見ているが、日常の行動の中に必ず食事風景があり、それを見ていいなぁ食べたいなぁと思っていた。

正直それほどめちゃくちゃお腹が減っているというわけではなかったが、やはり口から美味しい食事を食べるというのは人間の三大欲求の一つだと実感した。

さて、食事再開となったこの日の朝食のメニューは、重湯(お粥の液体)、味噌汁(具なし)、ほうじ茶、以上。

何日間も胃に何も入れない生活をしていたので、いきなり固形物をバクバクと食べてしまうと胃や腸がびっくしてまたつまりを起こしてしまう可能性がある。

そのため初めは完全な液体の食事で、徐々に固形物の量を増やした食事に慣らしていくといったことらしい。

久しぶりの食事でワクワクしていたが、まぁ初めはこんなもんだろうと大人しく従った。

この日は週末で午後から彼女がお見舞いに来てくれる予定。

その前に鼻の管も外れたことだし入浴することにした。入院初日にシャワールームの場所と使い方を教えてもらっている。

点滴の管は繋がったままなので、一時的に点滴を外してもらって、腕に刺さっている針の部分が濡れないようにビニールで保護してからシャワー。

ここ最近暑くて汗をかいて体中ベタベタして気持ち悪かったし、髪の毛も油でギトギトになっていたが、シャワーをしてさっぱりすることができた。

これで彼女と会っても臭いと言われなくなる。

午後になって足りない物品を持って彼女がお見舞いに来てくれた。

緊急入院となった日の夜に電話で病気の説明や今後の治療方針などについて話していたが、伝えきれていなかったこともあるので改めて一から話し合った。

しかし既に全快とはいかずともかなり回復している自覚はあったので、この調子なら早めに退院できるかもとも伝えた。

面会は一回15分、週に二回までと決まっていたが、結局二時間くらいデイルームで一緒にいた。

平日は朝から晩まで仕事で、その合間を縫って荷物を届けてくれたり、週末はこうして見舞いに来てくれる。本当に素晴らしい女性が彼女で良かったと心の底から思った。

六日目

この日の昼食からメニューが少し変わり、重湯が三分粥になったり、おかずにも固形物が交じるようになってきた。

入院するまでの生活なら質素な食事には変わりなかったが、久しぶりに食べる固形物の美味しさを噛み締めながらありがたくいただいた。

この日も午後から彼女がお見舞いに来てくれる。

本来であればこの週末はカーシェアで車を借りて泊りがけで遠出する計画を立てていた。

天気もよく晴れており日中は暑いくらいの気候だったのでお花見にも行こうとしていたがそれもできなくなってしまった。

彼女は「また来年♪」と言ってくれた。来年も再来年も、この先もずっと彼女と一緒にいたい。

彼女が私のSwitchと彼女のポケモン ソードとアルセウスを持ってきてくれたので、さっそく夜からポケモン ソードをやり始めた。

七日目

また食事のメニューが変わり、七分粥になりおかずもより歯ごたえのあるものになった。

中でもうどんが一番美味しかった。うどんは消化にいい食べ物で、さらによく煮込んであり麺がふにゃふにゃしていたが美味しかった。

朝から医者が訪ねてきて、経過も良好なので明後日にでも退院できることを告げられた。

当初二週間と言われていたので嬉しい誤算だった。

さっそく彼女にもLINEで伝えると、予定よりだいぶ早い退院にびっくりしつつも経過が順調なことを喜んでくれた。

夜、洗濯物が溜まっていたので洗濯することにした。

洗濯機に洗濯物と院内のコンビニで買った洗剤を投入。完了したら洗濯物を広げて乾燥機に投入。

乾燥機は一回40分で100円だが一回じゃ乾かないので二回回した。

八日目

食事で十分栄養が取れているので点滴は不要となり、ようやく左腕の点滴の管を取ってもらった。

今までトイレに行くときにも点滴を吊り下げた点滴棒とともに行動する必要があり非常に面倒だった。

それがなくなり身軽になって開放的な気分になった。

ちなみに私は血圧が高いのかよく点滴の管から血が逆流してしまうことがあり、頻繁に針を刺し直してもらう必要があった。

点滴が外れるまで左腕四箇所、右腕一箇所に針を刺された。

九日目

いよいよ退院日。

提供された朝食を食べ終え、歯磨きと洗顔をしてまったりしていると看護師が訪ねてきて、この後事務員が来るので精算の話をしてそれから退院になると。

さっそくパソコンなどを鞄に詰めていると事務員が訪ねてきて精算の話をされた。

事務員が去り入れ替わるようにしてまた看護師が訪ねてきて、最後の間食のロールパンとあんずジャムと乳酸菌飲料を持ってきてくれた。

それを受け取りお世話になりましたと最後の挨拶をして病室を後にした。

会計で精算をして病院の外に出た。入院中は外に出て散歩することもできなかったので、久しぶりの外気が気持ちよかった。

電車を乗り継いで約一週間ぶりに自宅へ帰宅。Home Sweet Home、愛しの我が家。

入院中は掃除などの家事もすべて彼女にお任せしてしまっていた。

入院する前と変わらずきれいなままの家を維持してくれていたみたいだ。

その日の夜、久々に彼女と一緒の団欒を楽しんだ。

入院生活①

一日目

緊急入院が決まり病室に通され一通りの説明を受けた後、軽くベッドに寝転んだらあっという間に寝落ちしてしまった。

前日から一睡もできていなかったので当たり前だろう。

小一時間ほど眠るとだいぶ眠気が取れたのでデイルームという休憩スペースまで歩いて行くことにした。

左腕から伸びる点滴の管と鼻から伸びる管が滑車付きの点滴棒に繋がっているので、今後はそれとともに移動する必要がある。

デイルームまではたかだか40mほどだったが、そこまで歩くだけでひどく疲れた。

デイルームの椅子に座って人心地ついているとエージェントから電話がかかってきた。

事情を説明し今後のことについて話し合った。仕事にかかる調整事はすべて一任してもらえることになった。

自分のベッドに戻り持ってきた鞄の中身を確認する。

とはいえまさかそのまま緊急入院することになるとは思ってもみなかったので、鞄にはいつも持ち歩いているものしか入っていない。

財布、折りたたみ傘、モバイルバッテリー、ティッシュ、ハンカチ、携帯歯ブラシ。

既にスマホの充電が切れそうだったので取り急ぎモバイルバッテリーで充電した。充電がなくなると誰とも連絡すら取れなくなってしまう。

その日の夜、彼女の仕事が終わったので電話で事情を説明した。

仕事の休憩中に私からのLINEを見て心底驚いたようだった。逆の立場なら私だって同じ反応をする。

面会時間は平日15:00-20:00、休日11:00-20:00に制限されているので、彼女は平日仕事のためすぐに面会に来ることはできない。

ただし物品の受け渡しだけなら8:30以降であれば看護師を通して可能とのことだったので、明日出社するついでに持ってきてもらうことになった。

仕事終わりで疲れているだろうに、今晩中に荷造りしてもらって翌朝に病院まで来て届けてくれることになった。

ちなみにしばらくは鼻から胃まで管を通したままなので食事はできない。栄養摂取は点滴で賄う。前日の朝から何も食べていなかったがまったくお腹は減っていなかった。

二日目

朝、鼻から伸びた管の先についているパックを確認するとどす黒い液体がパンパンに溜まっていた。

腸に溜まっている内容物がうまく排出されているようで安心した。

しかし下腹部はまだ張っている感じがあり軽く押してみると痛かったのでまだまだ内容物が残存しているのだと思った。

彼女からLINEで病院まで来て荷物を届けたと連絡があった。間もなくして看護師が荷物を持ってきてくれた。彼女には感謝しかない。

鞄を開けると一番上に便箋が置いてあり中に手紙が入っていた。送り主は当然彼女からだった。

突然の入院で大変だろうけど頑張ってというような内容のことが書いてあった。この手紙は宝物として一生とっておくことを心に誓った。

LINEとメールで両親に現在入院中だと伝える。身の回りのことは彼女にしてもらっているので心配はいらないことも併せて伝えた。

もし私が未だに独り身だったら遠く離れて暮らす両親に余計な心配をかけてしまっただろう。

彼女がいることでそこまで心配しなくてもいられる。もう高齢の両親にいらぬ心労をかけたくない。

鞄の中から持ってきてもらったMacbookを取り出す。これさえあればいくらでも時間を潰すことができる。

povoで一週間使い放題(¥1,800)のトッピングを購入しテザリングしてMacbookにつなげる。前日できなかった日課RSS巡回をこなす。

夜までぐだぐだと動画を見たりしながら就寝。ちなみに同室の人のいびきが凄まじくて眠りは浅い。

三日目

朝、管の先のパックには昨日ほどでないにしろやはりどす黒い液体が溜まっていた。

体内に溜まっていた内容物はどんどん排出され、初めどす黒い液体だったものがだんだん緑色になっていった。これは腸に繋がっている胆嚢の胆汁とのことだった。

トイレは頻繁に行っており、そこでも黒色や緑色の便が出ていた。

排便できているということは腸にできているしこりが治癒してきているということ。順調に回復しているようで安心した。

彼女に持ってきてもらった荷物の中から本を取り出す。

これはだいぶ前に買ったが積読になっていた本で、いい機会だから読むことにした。

本を読んだりネットをしたりして一日が過ぎていった。

ちなみに同室のいびきが凄まじい人は誇張なしに一日の2/3ほど寝ており、その間ずっといびきをかいているので私は常にイヤホンをつけて生活していた。

四日目

パックに溜まった内容物の量もだいぶ減ってきており、色も黒色から緑色、そしてこのときにはほとんど透明な液体になっていた。

下腹部の張りもだいぶなくなっていて軽く押してもほとんど痛くない。

腸に溜まっていた内容物が完全に排出されたのだと思われた。

この日は朝から医者がやって来て、お腹の状態を見るために検査をすると伝えられた。

まず鼻の管から造影剤を注入する。その状態で1〜2時間くらいの間隔で合計4回のレントゲン撮影を行う。

胃に流し込んだ造影剤が腸に行き便として排出されれば閉塞は解消されたといえる。

鼻の管から胃に直接造影剤を注入され、すぐに一回目のレントゲン撮影を行う。

一時間後に二回目のレントゲン撮影、さらに二時間後に三回目、そのまたさらに二時間後に最後のレントゲン撮影。

その日はそれで終わった。

入院生活②に続く...

緊急入院

してました。

去る某日、朝からお腹に痛みを感じたが前日の筋トレによる筋肉痛かなにかだろうと思っていた。

彼女を見送った後、普通にリモートワークを開始して過ごしていたんだけど、だんだんお腹の痛みが尋常じゃなくなってくる。

少し寝れば治るだろうとベッドに寝転んで仮眠を取ったりしていたが、病状は良くなるどころか悪化の一途をたどる。

というか寝転んでいると胃から酸っぱいものがこみ上げてきて非常に気持ち悪い。

なんとか仕事は定時までやり切り、自転車に乗って近所のドラッグストアに行く。薬剤師の人に症状を訴えながら薬を選ぶものの効きそうな薬は見つからずとんぼ返り。

彼女に体調が悪いから夕飯を買って帰ってきてと連絡。

ひたすら痛みに耐え忍ぶものの一向に治まる気配がなく、終わりの見えない悪夢に苛まれ続ける。

その日は朝から何も食べていなかったが、夕飯時になってもとても何かを口にする気力すらなかった。

結局その日は一晩中リビングで彼女に付き添ってもらいながら痛みに耐え続け、当然一睡もできずに夜明けを迎えた。

朝9時頃、タクシーを呼んで内科医診療所に直行する。

採血してもらって血液検査してもらった結果、白血球の数が異常だということで、触診などもした結果おそらく盲腸炎だろうと。

手術が必要だとのことで、紹介状を書くので大きな病院に行ってくださいと。病院への事情説明とタクシー手配は医者と看護師にやってもらった。感謝。

病院で受付をして待っていると診察室へ通され、採血・触診・問診をされる。点滴をつけられそこから痛み止めも注入してもらうと、約24時間ぶりに症状が和らぎ束の間の安息を得ることができた。

さすが大きな病院だけあって検査設備が整っており、レントゲン撮影やCTスキャンなどの検査を行った。

CTスキャンでは内臓をきれいに撮影するために点滴の管から造影剤を注入する必要がある。この造影剤は人によってはアレルギー反応が起こるらしく、そうなった場合に訴えたりしないよう同意書を書かされた。

すべての検査が終わり診察台で横になっていると眠気が襲ってきた。その日は一睡もできていないのだから致し方あるまい。

小一時間うつらうつらしていると医者がやってきて「腸閉塞です」と病名を告げた。

腸閉塞とは腸壁にしこりのようなものができ、そこで腸や胃の内容物がせき止められ排便がまったくできなくなる病気。一度でもお腹の手術を経験したことがある人はなりやすいとのこと。

私は生まれてすぐにも腸閉塞で緊急手術をしたことがある。それから37年も経って同じ病気が再発したということだ。

私は腸の一部分がもともと細く、そこに少しでもしこりができると簡単に閉塞状態になってしまう。

むしろ今まで37年間も腸閉塞が再発してこなかったことに驚かれた。

これからすぐに治療を開始し、その後は緊急入院であることを告げられた。

治療はまず鼻から胃まで管を通し、胃に溜まっている内容物を吸い上げることから始まった。

鼻から管を通すなんて痛いんじゃないかとか不安で仕方なかったがやらなければ仕方ないので意を決して受け入れた。

管の先にジェルをたっぷりつけて通りをよくするとともに緩衝材にもなって痛みも和らぐとのこと。

鼻から管が入っていくのは確かに気持ちの良いものではないが痛みはまったくなかった。

管が喉元まで達したら、そこからは自ら「ごっくん」を繰り返して管を飲み込んでいく。

体の中に管という異物が確かに入っている感覚があって気持ち悪かった。しかしこの管はこれから数日間つけたままであることをこの後知る...

管の先に注射器のようなものを取り付け、採血の要領で胃の内容物を吸い上げていく。

ビーカーに溜まっていった内容物を見ると、いわゆる吐瀉物とは程遠く、まさに漆黒の液体だった。こんなものが自分の体の中に溜まっていたとは...

おそらく何日間も滞留し続けその間もずっと胃液による消化が進んでいった結果、最終的にあのような真っ黒な液体になってしまったのだろう。

500mlのビーカーが満杯になった頃、ようやく胃に溜まっていた内容物が取れた。

それまでぽっこりしていたお腹もようやく凹んだようだった。

しかしまだ腸の中には同様に内容物が溜まったままなので、管をこのままにしておき、数日かけて腸の内容物を排出していくと。

胃に溜まっていた内容物がなくなれば体内活動によって胃まで入っている管を通して自然に排出されていくとのこと。

腸の内容物が排出されれば腸にできたしこりも自然治癒するということだった。

しかし万が一それで腸の内容物が取れない場合、今度はイレウス管というものを腸まで入れて内容物を吸い上げる。

さらに内容物が排出されたにもかかわらずしこりが治癒しない場合、外科手術によりしこりを切除・摘出する必要がある。

このように治療には三段階あることを事前に教えられ、経過観察して柔軟に対応していくと説明された。

この時点で今朝まであった痛みや不快感はだいぶ軽減されていた。

しかしこのまま家にも帰れず緊急入院する必要があるので、まずは心配しているであろう彼女に連絡することにした。

日中は仕事中で電話は繋がらないので、LINEで簡単に現状報告と緊急入院すること、仕事終わりにでもまた電話すると連絡した。

続いて仕事関係。と言っても普段からLINEや電話でやり取りしているエージェントの担当者がいるので、その人にもLINEで連絡した。

エージェントにはいきなり今日から二週間入院することになった旨を伝えた形になるので心底驚いたことだろう。

これから二週間寝泊まりする病室には三種類ある。

一つは4人部屋でかつ仕切りはカーテンのみの無料の部屋。

もう一つは同じく4人部屋で仕切りは壁?パーティション?の¥5,000/dayの部屋。

最後に個室の¥20,000/dayの部屋。

個室だと¥20,000×14で¥280,000、現実的じゃない。¥5,000の部屋でも14日で¥70,000もする。

途中で変えることもできるとのことだったので、とりあえず無料の病室を手配してもらった。

車椅子に乗せられ病室まで連れて行ってもらう。

病室に着いて車椅子からベッドに移り、担当の看護師から入院中の生活について様々な説明を受けた。

長くなったので入院生活については別記事で書く。

ただフリ40歳、ユーキ引退

ついにただフリが40歳になったようだ。

もし自分がただフリと同じ境遇だったら、ますます結婚が遠のいた現実に絶望に打ちひしがれているところだが、当の本人はそれほど気にしていないように見える(ただの強がりかもしれないが)。

それどころかこの期に及んで「俺はモテる」と豪語し絶望どころか自信満々な様子。

いったい彼の自己肯定感は何を根拠に発生しているのだろうか。この自己肯定感の高さだけは正直羨ましい。

一人の視聴者としては、ただフリが今後も芽の出ない婚活に精を出してくれるのは嬉しい限り。

私はただフリをエンターテインメントの一つとして楽しみたいだけだから。

私が密かに応援していた婚活系YouTuberがいる。

その名も「ユーキチャンネル」のユーキ。婚活系YouTuberとしては古参のようなので知っている人もいるかもしれない。

ユーキは身長158cmという恋愛において圧倒的不利なスペックを持っている。

そんなにも不利な条件であるにもかかわらず、婚活は何年も続けていて、私はその姿勢に感銘を受け密かに応援していた。

しかしつい先日、ユーキの職場が広く知れ渡ることになり、しかも職場のHPにユーキの写真が載っていたのでモロに顔バレまでしてしまうという事件が起きた。

そしてユーキは最後の動画投稿で今後の活動を停止することを告げた。

何よりショックだったのは、その最後の動画の中で「動画投稿と同時に婚活もやめる」と発言したことだった。

ユーキの年齢は30代後半ということになっており、かねてから「40歳になったら婚活やめるかも」と言っていたが、まさか40歳を前にやめることになってしまうとは。

ユーキはただフリと違って自身の不利なスペックを十分理解しており、何年もかけて精神的に克服しようとしてきたようだった。

動画で自身の不幸な境遇に耐えられなくなって涙を流すこともあった。

彼の虚勢にも見える強気な発言に反感を抱く視聴者がほとんどで、動画のコメント欄も彼を誹謗中傷するものばかりだった。

そんな中にも私と同じようにユーキを本気で応援する視聴者は少なからずいたことが唯一の救いだろう。

そういった人たちはDMで直接彼にメッセージを届けていたようなので、動画投稿を停止した今でも密かにやり取りは続いているんじゃないかと思う。

ちなみに「ユーキチャンネル」の動画投稿をやめるだけで、別のチャンネルで新たな動画投稿を行っていくとも言っている。

いつの日か新しいユーキの動画とめぐり逢いたい。

小さな訪問者

先日の昼間、自分の部屋で仕事をしていたら家のチャイムが鳴った。

インターホンを見に行くとそこには小学4年生くらいの男の子が立っていた。

子どもが一人で訪ねて来るような理由に思い当たる節がなかったが、一応インターホンに出てみた。

インターホン越しに話を聞くと、ボール遊びをしていたら2階の部屋のベランダにボールが行ってしまったとのことだった。

2階の部屋のチャイムを鳴らしても応答がなく、仕方なく別の部屋のチャイムを鳴らしていった結果、私の部屋でようやく応答があったと。

ひとまず少年を建物内に招き入れ、一緒に2階の部屋を訪ねてみることに。

しかしエントランスのチャイムで応答がなかったということはまず間違いなく仕事に行って家にいないんだろう。

玄関のチャイムを鳴らしてみても案の定応答はなかった。

平日日中は仕事に行っていないと思われるので、少年に土日にまた来れるか聞いてみると即答で「それは無理です」と。

土日は来れない理由については深く突っ込まなかった。

仕方ないので今日の夜にでも私が訪ねていって事情を説明してボールを回収しておくので、今度来たときに渡すということにした。

ボールは友達の物らしくすぐにでも回収したいとのことだったが家主がいない以上どうしようもない。

ついでに一つかねてから気になっていたことを逆に聞いてみた。

その気になっていたこととは、ときどき私が住んでいる建物の敷地内に子供たちが入り込んで遊んでいるようだということ。

大人ならば不法侵入という立派な犯罪なので、子供のうちにしっかり知っててもらわなければならない。

少年は「僕じゃないですけど、違うグループの子たちが遊んでいるのは知ってます。今、すぐ近くで遊んでるので言ってきます!」と言って駆けていった。

敷地内で遊んでいる子供たちのことはどうにかしたいと思っていたが、いずれにしてもいろんなな大人を巻き込んで回りくどいやり方になるだろうと思っていた。

しかしこんな形で直接当事者に話をもっていってもらえるとは思っていなかった。正に棚からぼた餅だ。

訪ねてきた少年は礼儀正しく素直な子だったし、敷地内で遊んでいた子供たちも悪気があったわけじゃないだろう。

私の子供の頃なんてもっとひどい遊び方をしていたこともある。それに比べればかわいいもんだ。

その日の夜、改めて2階の部屋に訪ねていくと家主は帰宅しており、事情を説明してボールを預からせてもらった。

後は少年が再び訪ねてくるまで私が保管しておけばいい。

朝イチで地震

今日の朝、ぼーっとテレビを見ながらコーヒーを飲んでいたら地震で家が揺れた。

テレビの緊急地震速報によると震源地は茨城県南部でマグニチュードは最大5弱とのことだった。

最近、関東では本当に地震が多い。千葉県西部の都心に近い場所が震源地だったこともあった。

南海トラフ地震の前に関東大震災が再来する可能性も否定できない。

洗い物をしていた彼女によると揺れが始まった瞬間水道が止まったと。

とりあえず朝イチで風呂掃除をして湯船に水をためておくくらいのことはしておいた。

防災グッズの用意もしておいたほうがいいかもしれない。

一人暮らしのときも用意しようとしたことは会ったが、まぁ何か会っても自分ひとりだし別にいいかと考えて結局何もしていなかった。

しかし今は一緒に住む彼女のことも考えてそういったことも考えていかなければならない。

彼女が職場から冷凍むきえびを大量にもらってきてくれた。

彼女がもらってきたエビは2kg近くある。こんなにエビを食べていたら甲殻類アレルギーを発症してしまうかもしれない。

とはいえ冷凍のエビでもスーパーで買おうとしたら300gで1000円近くするからありがたい。

さらに昨年私がふるさと納税で頼んだ豚肉3kgも届いてもう既に冷凍庫が限界を迎えつつある。

ふるさと納税で頼んだ鶏肉と牛肉もいつ届くかわからない。

一人暮らしのときに使っていた単身用サイズの冷蔵庫は引越しを機に処分して新たに大きめの冷蔵庫を買い直したのに。

どんどん消費していかないと本当に冷凍庫に入り切らなくなってしまう。

食費が浮くのは非常に助かるが、逆に消費するのに困ることになるとは思っていなかった。

我が家のリビング

先日、彼女が注文していたテレビラックが届いて一緒に組み立てた。思いの外巨大で二人いても組み立てるのが大変だった。

テレビラックに対してテレビが小ぶりだが、これは彼女がもともと使っていたテレビ。私はテレビを持ってない。

テレビの買い換えタイミングが良くわからないけど、彼女が大きいテレビがほしいと言ったら買い替えてもいいかなと思っている。

外から見える部分にごちゃごちゃと物が置いてあるのは好みじゃないので、ゲーム機やDVDなどはほとんどすべて収納部分に入れてもらった。

彼女が買ったテレビラックなので彼女の意志が尊重されるべきだが、私がお願いすると素直に従ってくれた。

空いている部分には観葉植物を置いてもいいとのことなので気が向いたらまた観葉植物を買って置くつもり。

サイドがベッドのようになっているカウチソファーにずっと憧れていたので同棲を始める前からずっと買おうと思っていた。

彼女と一緒にニトリに買いに行ったがこれだというものがなく、帰ってからネットで買った。

文句のつけようもないほど良いソファーでかなり気に入っている。

普段は部屋のライトはすべて消して窓際の角にある間接照明だけをつけている。ほどよい薄暗さでいい感じ。

この間接照明スタンドにも観葉植物を置きたい。

というかもともと置いてたんだけど水のやり過ぎで根腐れしてしまい完全に枯れてしまった。

彼女からクリスマスプレゼントとしてもらった観葉植物も枯れてしまった。

観葉植物の世話もなかなか大変だということがわかったので、もうフェイクグリーンでもいいかなと思い始めている。

こうしてみると今はシンプルすぎて無機質な印象が強い。

適度に緑を追加してもう少し柔らかい雰囲気にしたい。

案件状況

今現在参画している案件は3月末で終了となる。

4月からの案件は既に決まっているが、今回の案件探しはなかなかに大変だった。

私は案件を探すときに「フルリモート必須」という条件をつけている。

しかしエージェントによればフルリモート案件はどんどん減ってきており、大多数の応募者も私と同じようにフルリモートを希望しているので、フルリモート案件の取り合いになっていると。

現在の案件と一つ前の案件では案件を探し始めてすぐに商談依頼がきて一社目で早々に決めることができた。

今回は合計で四社と商談を行った。まず商談に繋がる割合が減ってきていると感じたし、商談をしても手応えを感じなかった。

四社のうちオファーをくれたのは二社。実はもう一社商談を予定していたがオファー受託したのでキャンセルにしてもらった。

商談では自分の経歴をアピールする時間があるんだが、私は口下手なのであらかじめ話すことを文章にしてあり商談の場ではそれを読めばいいようにしてある。

しかし明らかにカンペを用意してそれを朗読しているような調子だとあまり印象が良くないのではないかと思った。

それから全体を通してはきはきと喋ったり返事をして覇気があるように見せるのが重要だと思った。

オファーをいただけなかった二社の商談ではこれらが実践できていなかった。

これではいけないと思い改善した残り二社の商談ではあっさりとオファーをもらうことができた。

本来の覇気のない平坦なテンションは参画してから徐々に出していけばいい。

参画した後もずっと無理してテンションあげあげでいようとすると疲弊してしまう。

まずはオファーをもらうのが最重要。案件を獲得できればこっちのもの。

企業としても何が何でも覇気のある人材が欲しいというわけではなく、参画してからはとにかく望んだ成果を出してくれる人材でさえあれば重要視されるものでもないだろう。

まとめると、経歴の説明ではカンペは用意するがいかにも朗読している感じは出さず、ある程度アドリブなども交えて柔軟に話すこと。

全体を通して覇気のある感じを出す。具体的には返事はこまめにはっきりと、語尾は濁さずはっきりと言い切ることを心がける。

これを意識して実践するだけでオファーの可能性が高まるのであれば楽なもんだ。

あとエージェントに言われたのは、フルリモート案件が人気になっており買い手市場になっているので、買い手側からの要求レベルが上がっているということ。

バックエンド開発だけができても渋られるケースが多くなっており、それ+フロントエンド開発やインフラの設計ができる必要があると。

私はもともとフルスタックエンジニアになることを目標にしていたが、ますますフルスタックエンジニアになることが急がれることになる。

フロントエンド開発は個人開発でやっているとはいえ業務経験としてはなく、インフラは業務でAWSを触った経験はあるがあくまで基本的なことに過ぎないのでスキルがあるとは言えない。

4月から参画予定の案件では特にAWSをがっつり触ってもらうということを言われている。

商談のときに目標はフルスタックエンジニアであるということを言ったら先方に高く評価していただき、「ぜひとも育てたい」とまで言ってもらえた。

実際に参画してみるまで本当かどうかはわからないが、私の立場としては愚直に信じるしかない。

今回の案件でインフラの経験をしっかりと積み、チャンスが有ればフロントエンド開発にも携わり、バックエンド開発に付加したアピール材料を作っておきたい。

いよいよ案件探しが難しくなってきた感じがあるのでここらで自分の尻を叩きスキルの底上げを図る必要がある。

一度フルリモートを経験してしまうと二度と出社には戻りたくない。

スキルのないエンジニアにはフルリモート案件は回ってこない。

フルリモートでもいいのでぜひともうちに来てくれと言われるような人材になるべく頑張る。

両親に孫の顔を見せてやりたい

昨日の夜食べ過ぎてしまい、寝ようと思って横になったら胃液が逆流して喉元まで上がってきてまともに寝られなかった。

おそらく今回は食べ過ぎが原因だと思うが、私は謎の体調不良に悩まされることが多い。

実家から送られてきた写真を見ていたら、幼児期の私は大規模中居仏手術を経験していたり全身にアトピーが発疹していたり重い病気をいくつも抱えていた。

今でこそ比較的健康な体であるといえるが、それでも常人は経験していないだろう細かい不調がよくある。

私が生まれたのは父が39歳で母が25歳のとき。母はともかく父は割と高齢なことが関係しているのかもしれない。

だからといって恨んでいるとかそういう気持ちは一切ない。

それよりも、私自身がもうすぐ私が生まれたときの父の年齢になろうとしている事実に震える。

私も自分の子供は欲しいし両親に孫の顔を見せてやりたい気持ちが強い。

私自身の年齢もそうだし特に父の年齢的にいつボケたり病気になって入院することになるかわからない。

そうなる前に、なんとか私が30代のうちには一人目は作りたいと思っている。

遅まきながら私も彼女と同棲するところまでは来れた。

この先どうなるかはまったくわからない。同棲していても結婚までいかず別れる男女はいくらでもいる。

万が一今の彼女と別れることになったらまた新しい人を探す気力もないし、何より彼女以上に結婚したいと思える女性はいないと思っている。

同棲を始める前に「同棲のルール」を決めて話し合うつもりでいた。

初めから細かい部分までガチガチに決めるのではなく、以下の二点だけを伝えるつもりだった。

「一方的な要求はNG」

「相手を変えようとするのではなく、自分が変わろうとする」

同棲の準備に追われてゆっくり話し合う時間もなくなし崩し的に同棲が始まり、結局このことは自分の中だけのマイルールになっている。

しかし彼女はわざわざこんなことを言葉にして伝えなくても毎日しっかりやるべきことをやってくれている。

彼女に対して不満がないわけではないが、それは私のわがままなので、そのことを彼女に求めるのは「一方的な要求はNG」というルールに反する。

付き合うときに彼女はちゃんと伝えてくれたことだし、今に始まった話でもない。

この先何十年と末永く一緒にいられるようにできるかぎりのことはやっていく。

昔の写真

昔撮った写真のネガフィルムが実家に大量に残っているらしく、せっかくなのでデジタルデータに変換して送ってもらった。

生後数ヶ月の頃から小学校に上がるくらいまでの写真だけで2000枚近くあった。

生後数ヶ月の頃の写真を見ると肌がアトピーで随分荒れている。なぜか後頭部にだけ毛が生えていなく、ほとんど寝ている時の写真だし起きていてもなんだかぐったりとしていて元気がないように見える。

私は生まれてすぐに開腹手術をしたことがあり今でも手術痕がはっきりと残っている。

幼少の頃からいろいろな病気に悩まされてきた記憶があるが、生後数ヶ月はそれこそ生死に関わるほどの大病をいくつも抱えていたのかもしれない。

今では目立った健康上の悩みもなくいっぱしの社会人として独り立ちできていることに感謝しなければならない。

写真を見ていて思ったのは、昔の自分の姿よりも昔の家族の姿だったり親戚だったり実家や母校などの風景のほうが懐かしい気持ちになるということ。

それもそのはず、見ている時間は自分の姿よりも自分の周囲のほうが圧倒的に長いから。

かつて実家にあった家具や昔着ていた服を見ていると、確かにこの家具に囲まれて生活していたしこの服を着ていたという記憶が蘇ってくる。

わずかながら今は亡き祖父母といっしょに写っている写真もあった。どこかの道端で親戚たちと撮った写真もあった。

祖父母はすでに他界しているので、もう二度と一緒に写真を撮ることはできない。数少ないこの写真は大事に大事に保存しておく。

意外と家族四人が全員写っている写真が少なかった。

写真を撮るのはだいたい両親のどちらかなので父が写っている写真には母がいないし、母が写っている写真には父がいない。

うちの両親は誰かに撮ってもらうということはあまりしなかったんだろう。

これから私は自分の家族を持っていくことになる。

何気ない風景写真ほど思い出になったりするのでいろいろな写真を撮って残しておこう。

今はカメラやフィルムを買わなくても手元のスマホで簡単にいくらでも写真を撮ることができる。

家族の写真を撮るときは必ず全員が写っている写真も撮るようにしよう。

送ってもらった写真の中から写りの良いものをいくつかピックアップして印刷して額縁に入れて家に飾ろっと。